淳一の「キース・リチャーズになりたいっ!!」

俺好き、映画好き、音楽好き、ゲーム好き。止まったら死ぬ回遊魚・淳一が、酸欠の日々を語りつくす。

「12月の東京へー」その②

2006年12月22日 | Weblog
 朝の6時にホテルで起床。
 今日は金曜日。
 あまり熟睡出来ないまま朝を迎えた。
 空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうな気配。残念だ、抜けるような青空が見たかったのに・・・。

 赤坂見附の事務所に到着して、早速書類の整理に取り掛かる。関係者が早朝から次々に訪れ、情報収集に追われてゆく。
 外は、小雨も時折りパラパラと降っていて、少し寒い。
 プラタナスの樹木から鮮やかな黄色の葉が落ちて来て、晩秋の青森と一瞬見間違えてしまった。

 仕事は夜の6時に無事終了。
 「お疲れ様でした」と、事務所から、めいめいが師走の夜の街中に散らばって行く。
 スタッフ3人で、ささやかな打ち上げの飲み会。

 終わって、僕は地下鉄丸の内線までの道を急ぐ。
 何処を歩いても流れてくるのは、クリスマス・ソング。煌びやかなイルミネーションが眩しく輝いている。

 電車に乗って、何処に行こうか考える。
 映画も観たいし、独りでどっかのバーを見つけてふらっと入るのもいいな。

 あっ! そうだ。
 東京時代に住んでいたアパートまで行ってみよう! 突然、閃いた。
 そのままの姿で残っているんだろうか? もう、街そのものも変わっちゃったろうなあ。そこに行くことで、自分の中の何かが少しでも動いてくれたなら・・・。

 池袋で東武東上線に乗り換えて、大山まで。
 よく、大山駅からアパートまでの約10分を寒さに肩を震わせながら独り歩いたものだった。電気の消えているアパートの窓に目をやり、バイトで疲れた重い足取りを引き摺って階段を登る。寒い部屋の電気を点けてベッドに横たわる。
 窓から、遠く江古田方面に、巨大な水道タンクが暗闇に聳(そび)えていたっけ。

 あの頃も孤独で不安で苦しかったけれど、今のように、萎えて屈折した感情だけは持っていなかったような気がする。もっと前向きで、力が溢れ、未来に対する希望のようなものがあった気がする。いろんなことに挫折して挫けそうになったけれど、立ち直ることにも早かった気がする。
 いつからなんだろう。こんなふうに小さく縮んでしまったのは・・・。

 もうすっかり住宅街は暗く沈んでいて、迷いに迷いながら昔の面影を探してさ迷い歩く。新しい道路が出来ていたり、再開発で大きなマンションや公園が出来たりしていて一歩間違うと別の方角に進んでしまう。参ったなあ。
 結局、迷いに迷ってやっと探し出した。
 あった! 俺の4年間住んでいたアパート! 少し外壁は変わっているけれど、僕のいた部屋に電気が点いている。
 懐かしさに、何分間もただボーっとその部屋の灯りを見つめていた・・・。

 帰りに、近くの寂れた中華料理屋で、独りでビールとチャーハンと餃子を食べる。俺は、一体ここで何してるんだろう。

 ホテルに戻ったのは、もう夜中の12時過ぎだった。
 お風呂を沸かし、ミネラル・ウォーターを一本飲んでテレビをつけた。しーんとしている。窓から東京の夜の街を眺める。
 疲れている。とても疲れている。

 明日は土曜日。明後日はクリスマス・イヴ。
 それが終われば、すぐにも御用納め。そして大晦日。続いて元日がやってくる。

 そう。2006年が終わるんだ。




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