テルミンの彼方へ
宇宙とシェアする楽の音
 



世界で25万台売れた学研ミニテルミン。バージョンアップして、来月再販となります。テルミンミュージアムも取材して頂いたので、まだ発売前ですが、手元に見本が届きました。

組み立ててみると。。。。おお。アンテナがソリッドになり、チューニングもすごく楽になりました。前回のテルミンminiで挫折した方は、是非、再チャレンジを☆

【プレスリリースはこちら】


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昨年『音楽の世界』に拙文を掲載して頂きました。

いつの間にか、全文掲載可期となっておりましたので、こちらに掲載いたします。

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 音とは波であり、振動です。人は、歌を歌うのに声のみを使うのではなく、音を聞くのにも、耳を使って聞く以外に様々な聴き方をします。


 テルミンは、世界で一番古い電子楽器です。発明されたのは、ロシア革命直後の1920年でした。「音を奏でる」と言えば、物理的に弦や膜を振動させて、その振動を音として伝えるしかなかった時代。そこに登場した、電子回路によって作り出した電気信号の振動を音に変換する仕組み。電気というテクノロジーの生んだ新しい音。それは、物理的にない音は音曲の中には使えない事に、作曲家が不自由を感じ始めた時代でもありました。


 しかも、その演奏方法は、楽器には触らず、何もない空間で手を動かし音を出す、という特異なスタイルでした。あまりにも不可思議なテルミンの演奏は、アインシュタインに「空間から自由にあふれ出る調べ」と言わせ、発明当初は、しばしばエーテル波(Etherwave)の音楽とも称されました。実際、演奏者が行うのは、楽器の中の電子回路にある可変コンデンサーの値を変化させる為に、一方の極を手の動きでコントロールするという操作であり、それは、自分も含めた外界すべて、空間全体の助けなしには行い得ない作業なのです。この仮定媒質の名は、現在、アメリカのモーグ社が販売している流通版のテルミンの商品名として、その名残を留めています(Etherwave Theremin)


 今年、2020年は、テルミンが発明されてから100年目にあたります。この節目に、テルミンの歴史を改めて紐解いてみたいと思います。


 前述の様に、テルミンは、1920年、ペトログラード物理工科大学で働いていたテルミン博士によって発明されました。テクノロジーを最初に芸術に持ち込んだ男、テルミン博士、時に24歳。まだコンピューターすらない時代に作られたその楽器は、発明者の名前をとって「テルミン」あるいは「テルミンの声」と呼ばれました。ソ連の最新技術から誕生した電子音楽、という考えはレーニンを始めとするソ連の首脳陣を喜ばせ、国の後押しでテルミン博士はロシア国内、そしてヨーロッパ各地への啓蒙活動を行います。そして1927年渡米。RCA社から大々的にテルミンを販売し、精力的に演奏活動を行います。演奏会には多くの作曲家が顔を連ね、チャップリンは自分のテルミンを発注するまでの入れ込みようでした。


 ショスタコーヴィチ、マルティヌー、エドガー・ヴァレーズ、パーシー・グレインジャー等、初期にはテルミンの為の曲も作られましたが、演奏があまりにもデリケートで困難であった事により、一般的な普及には至らず、RCA社から販売されたテルミンも500台で製造が中止となりました。同時代に作られた、ほぼ同じ原理の電子楽器オンドマルトノが以前からある楽器の仲間入りを果たしたのに対し、テルミンは、古典的な作曲家の楽器としての興味の対象から外れ、そして構造がエレガントにシンプルすぎた為に音色が単調であった事で、テルミンを嚆矢とする筈だった電子音楽の作曲家の興味の対象からも、微妙に外れていったのです。


 電子音楽には、音楽と、音の実験室、という二つの側面があります。テルミンは、そのどちらの世界の一員ともなれなかった事で、境界にとどまり続ける事となりました。時には、未来を先取りする行為のアイコンとして、時には、不可思議な世界を想起させるアイテムとして、また、時に、ロックミュージシャンのステージパフォーマンス、あるいは、前衛的な表現者の選ぶツールとしても機能していく事となったのです。テルミンが日本で初めてコンサートホールに登場したのも前衛アーティストの舞台でした。1961年、のちにフルクサスの一員として活躍する事になる塩見充枝子が、一柳慧の『IBM』という作品の中でテルミンを使用しています。


 五線に表せない音によって作られる浮遊感のある音は、映画の効果音としても活用されました。ヒッチコックの『白い恐怖』(1945)、ビリー・ワイルダーの『失われた週末』(1945)では不安感を盛り上げるように使われ、以後、似た様な用途で度々使われました。


 その後、モーグ博士の新作テルミンSeries91(1991)の発売と、テルミン博士のドキュメンタリ映画の公開(1993)を契機として、テルミンは再び楽器として歴史の表舞台に現れてきます。ジョン・ノイマイヤーのバレエ『人魚姫』(2005)においては、テルミンが印象的な役割を果たし、未来的ドラマ作品の中でも、テルミンは使われ続けています。『のだめ・カンタービレ』にも登場し、オノ・ヨーコが用いるなど、商業音楽においても、恐らく知らずに耳にしているテルミンは想像以上に沢山あります。


 一方、テルミンを古典的な楽器と同じ様に扱おうとする努力に対して、かつて警鐘を鳴らしたのは、ジョン・ケージでした(1937) 電気楽器も参入して音楽を生み出していく、という事が予想される近い将来では、音楽を書くための技法は、今とは違う、新しい方法が発見されるだろう、と主張したケージは、後年、テルプシトン(演奏者の身体全体の動きで音楽を操る)を使った曲『Variations V』を作曲しています(1966) 本来は、新しい技術は新しい文化を生むべきものであって、古典的な文化の枠組に無理に納める必要はありません。既存の枠からはみ出しても、尚且つ、芸術と呼ばれる事に耐え得る新しい表現を生む語法を見いだそうとする試みは、現代音楽、そして、インプロの現場で活発です。


 非接触で演奏するというインターフェイス、電子楽器でありながら、あくまでも機械による制御を拒否し、演奏者の動きによって音を紡ぎ出さねばならないテルミンは、未来的であると同時に原初的です。シンセサイザーとは違い、テルミンにおいては、頭の中の音の再現は、はなはだ不完全な形でしか実現されず、演奏者の個性が前面に現れます。リディア・カヴィナ、パメリア・カースティン、Nori Ubukata、赤城忠治、llamano、等、テルミン奏者が、自ら演奏する曲として作曲する事が多いのも頷かれます。最近では、テルミン博士の曾孫にあたるピョートルによる「ひろしま」をテーマにした曲の中で、テルミンの長いポルタメントとループマシンが効果的に使用されており、これは、テルミン奏者ならではの発想から生まれた試みでした。


 一方、テルミンを演奏しない現代作曲家達によっても、テルミンの個性を生かした、いかにもテルミンらしい楽曲は、作られ続けており、その場合は、作曲家と演奏家との共同作業が大事な工程となっています。筆者も多くの作曲家の先生方にお世話になりました。ここでは、一番最初にテルミンの為の曲を作ってくださった故今井重幸先生のお名前だけ挙げさせていただきます。


 人の演奏しないテルミンの出す音は、ただの電子音です。そのテルミンに人の手が加わる事により、音程・音量・音色を制御し、音に命を吹き込んでいきます。音量を制御する、と一口に言いますが、これは、単なるボリュームのコントロールではありません。音の立ちあがりから、消え際まで、全て、人間の意思と動きでコントロールする、という事です。実際は、そんな細かいニュアンスまで論理的に計算した上でコントロールしている訳ではありませんが、演奏者による身体の動きの違いは、それぞれが、自分の頭の中にしか存在しない音を無意識に再現しようと試みた涙ぐましい試行錯誤の結果なのです。


 その舞う様な演奏スタイルから、様々なパフォーマンスも生まれました。まさに舞う様に演奏し、しかも再現性のある音楽として成立させる、やの雪。ARMEN RAの様に視覚を強く意識した演奏家もいれば、舞踏家とのコラボレーションを試みる奏者もいます。


 わたし達が、観客に手渡そうとするものは「音楽」と名付けられているものだけではない筈です。近代によって細分化される以前は、「音楽」は、純粋に音だけのものと歌舞まで含めたものとの境界が曖昧でした。電子楽器黎明期の発明品、この原初的なテルミンは、楽器として演奏する以外に、思いがけない可能性を秘めた発明であるのかもしれず、様々な可能性を試す魅惑的な挑戦は、まだまだ始まったばかりなのかもしれない、とも思うのです。

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季刊「音楽の世界」2020年夏号(発行:日本音楽舞踊会議)より



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今年2020年は、テルミンが発明されてから丁度100年にあたります。
この節目に、雑誌『音楽の世界』の依頼により「テルミン百年」の記事を担当させて頂きました。

いくつか書店での販売の他、下記にお申し込み頂くと取り寄せ可能です。

日本音楽舞踊会議
http://cmdj1962.net
info@cmdj1962.net
03-3369-7496
定価 800円

 



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盛岡の友人から教えていただいて、表紙絵に惹かれて購入した本。
 
『トロイメライ』
村山早紀さんの文。
表紙は、げみさん。
 
わたしも、こんな素敵なシチュエーションでテルミン弾きたい!!
 
と思って読んでみたら、切なくて、ちょっと考えさせられるお話でした。テルミンが、こういうアイテムに使われるのか、と、それも新鮮。
 
わたしは、過去霊を呼び出す霊媒師さんが、本当に過去霊を呼び出して憑依させる事が可能なのならば「この話は本人しか知らないのに!」なんていう話を聞くよりは、テルミンマエストロ、クララさんを呼び出してもらって、テルミンを弾いてもらいたい。クララさんのテルミンならば、本人が弾いているのかどうか、わたしには、きっと分かる。弾き方忘れた、とか言わせない。
 
この本の絵が素敵だわ〜、という話をしたら、今度は仙台の友人が、神田の本屋さんにサイン本売ってましたよ、と教えてくださったので、サイン本を買いに行きました。お二人のサインが入っていて、これはお宝☆
 
 


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アジア遊学

2004年に 盛岡彫刻シンポジウム2004での野外音楽会で演奏させていただいたんですが その時に その企画を立てた岩手大学の木村直弘先生が アジア遊学 という雑誌の 110号『アジアの心と身体』に執筆されています。

「心の琴線に触れるーー無弦琴の美学をめぐって」

というタイトルで テルミンと 中国の古琴との関連を論じていらっしゃいます。 とっても興味深いので 是非。

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橋本尚著 
講談社 BLUE BACKS
楽器の科学

バイオリンは 弦が鳴ってるのか 胴板が鳴ってるのか 胴板のどこがどの様に振動しているのか 楽器は演奏する時 何ワットくらいのエネルギーを出しているのであろうか 音色は 実は 音の立ち上がり 音の長さと深い関係があるのであり 日頃から聞き慣れた楽器でも その音を長く録音して その中間の定常音だけ聞くと 何の音か分からない事もあるんである などなど 面白そうな話がいろいろ書いてあります。

ビブラートのくだりが興味深く。。。毎秒5~7回ぐらいかけるのが快適に聞こえる とされるんだそうです(え~ そうなのかしらん。そんなに細かくかけてない様な。。。テルミン) かける幅は 大体半音の半分ぐらいの深さが多く 基準音の低い側に多目にかけるんだそうです。 人の耳は高い方の音に敏感なので 上下同じ幅だと 音が全体的に高くなった様に感じてしまんだそうだ。

わたしのクセとして ビブラートかけ始めた途端に ピッチが下がる。 これは かなり下にかかってる という事みたい。。(汗)

楽器の科学―角笛からシンセサイザーまで

講談社

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玉木宏樹著 文化創作出版

音の後進国日本 ~純正律のすすめ

もともと音の高さ というものは ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド みたいに 飛び飛びの値を取るものではなく 低音から高音まで無段階に無限の音の高さが連続的に続いているものです。 自分の奏でた旋律を人に伝えようとしなければ もしくは 伝えようとした場合も口承だけで済んでいる間は 音の高さに名前をつける必要もなければ 音の数を制限する必要もありません。 けれども それを 楽譜に書いて記憶したり 無段階の音は出ない楽器で類似的に再現しようとした場合 音の高さに名前をつけていく必要性が生まれます。

音の高さを紙に書く場合には五線譜でよろしかろう と言う事になったのが いつの時代の事なのかは分かりませんが この音の高さを ド・レ・ミ・・・・と呼ぶように決めたのは10世紀 西暦995年にイタリアのアレッツォという所で生まれたグイドという僧の作曲したヨハネ讃歌に由来するものだそうです。 この曲の一行ずつの音の高さが今のドレミファソラで始まっており 詩のそれぞれの先頭の文字が Ut Re Mi Fa Sol La だった とい事です。 という事は その頃には すでに 大体 音の高さは 不連続にはドレミでよろしかろう という認識がその頃にあった という事になりますが いつから そうなったんでしょう?

ともかく 他人と会話する文法 の様な形で おおまかに ドレミはできましたが さて 正確に どの高さの音をドレミ と言うのか というのは いろいろ好みがあった様で 様々な調律が残っています。

まず 単音の旋律が 人の耳に 一番旋律らしく聞こえるのは どうやら ピタゴラス音律 と呼ぶらしい。 また西洋では ハーモニーを重視したので うなりの出ない倍音倍音で音階を決めていく 純正律というのが喜ばれた。 ところが これは 音の数が増えてくるとつじつまが合わなくなってくるし この音階で単純に旋律を歌った場合 不自然に聞こえてしまう。 そこで 作曲は 純正な音と 演奏しやすい間引いた音との妥協の産物として さまざまな調律法をあみ出されていく。 これを 中間音律と呼ぶ。。。(のかな?)

ピアノを最初から平均律に調律して売り出したのは1842年の事 といいますから 比較的新しい。 モーツアルト ベートーベン メンデルスゾーン ショパン シューマン リスト ベルリオーズ ブラームス チャイコフスキー グリーグ・・・・すべて中間音律で作曲している といいますから驚きです。 今 普通に平均律のピアノで弾いていますが あれは 作曲家の意図とは違う曲を弾いているらしい。 プロの作曲家が平均律のピアノを使うようになったのは ドビュッシー以降だそうです。 

ピアノの鍵盤が 必ずしも平均律ではなかった時代には 転調した場合 転調する前のドレミファソラシド と 転調した後のドレミファソラシド は 微妙に音程がずれるので 各調性によって 色彩感が違ってきます。 今のピアノは平均律で調律されているので この様な違いはありません。 転調すると なんとなく曲調が変わって感じられるのは 使う黒鍵が増えてくるとか そういう錯覚に由来するものなんだそうです。 そういえば 転調すると 曲調が変わる と言っている人(過去にわたしにそう言った人。そして わたしもそう思っていた一人ですが)は みな ピアノ弾きでした。 ギター弾きからは あまり聞かない感想です。

コーラスをやる人には 純正律というのは必要な情報(訓練)かもしれないけれども とりあえず わたしはテルミンだから要らないわ と思いました事です。
 
面白かったのは 絶対音感についての話。 というか 言いたい放題 と言うか。

「今の世の中のバイオリンひきの大半が、自分は絶対音感を持っていると「武器」のようにいう(特に桐朋出身者に多い)が、純正律で音程の取れるバイオリンひきが、平均律で狂わせたピアノの音程を当ててどうしようと言うのか・・・・。」

もっともです。 わたしには どうも世の絶対音感信奉が よく理解できません。 あれは 一体何のために必要なのだろう? 玉木氏は 上記の様に書いているけれども わたしの経験上では 本人が「わたしには 絶対音感があるから。」と威張っている というシチュエーションには あまりお目にかかった事がありません。 大抵の場合 「○○というバイオリニストには 絶対音感があります。」(だから 彼は偉い)みたいな論旨になっています。 おそらく 絶対音感がある とされている本人は それのどこが 音楽性の豊かさにつながるのか 理解できずにいるのではないのかしらん。 そういえば 「だから彼は偉い。」みたいな言い方をする人も さすがに「だから彼の音楽は素晴らしい。」とまで 訳ワカメな事は言わない。

絶対音感 とは 単に 今出ている音が ピアノの鍵盤で どの音か分かる というだけの話です。しかも ピアノの調律の音の高さは 時代によってかなり違うので 子供の頃の習得したピアノの鍵盤の音 という事になります。

わたしも 子どもの頃 ピアノから音楽教育が入ったせいか ある程度は 音の高さが分かります。 テルミンを始めるまでは およそ 自分が音楽をやる事になる とは思っていなかったので 絶対音感なるものに無関心でいました。 そして テルミンのお稽古に行くと そこにピアノがあったりする。「この音は 何に聞こえますか?」と聞かれて 答えると 「あれ? あなたは絶対音感があるんですか?」と感心されるので 音の高さが言えるって いい事なんだわ と思ったのは そうやって誉められた という記憶だけ。 それも いつも ドンピシャで当たれば ちょっとは特技として宴会芸くらいにはなるのかもしれないけれども いつも当たるとは限らない。 一旦 迷ってしまうと もう絶対に分からなくなってしまう。

こう中途半端に 音の高さが ド とか ソ とかに聞こえると むしろ不自由な事の方が多い。 まず 転調が不便です。 たとえば レから始まる楽譜がそこにあった として。 それで弾いてみて このキーは低いから 1音あげましょう という相談になった とする。 となると わたしにとって 出だしの音は ミ になる訳です。 音を出して「これは レ! これは レ!」と言い聞かせると その後 もとのキーの楽譜で弾いて 何の違和感もなく弾けてしまう事もあるのですが どうしても いくら「これはレ」と言い聞かせても「ミ」にしか聞こえない事がある。 となると そのままの楽譜では 気持ち悪くて 弾けないのです。 頭の中では転調できるので 知っている曲ならば 頭の中で「レーレーレー ミーファ’ミー ファ’ファ’ソラー」(ふるさと)を「ミーミーミー ファ’ソ’ファ’ー ソ’ソ’ラシー」は すぐできるのです。 ところが 知らない曲で 楽譜を見ながら弾かなければならない場合 頭の中で鳴っている音は「ミーミーミー ファ’ソ’ファ’ー ソ’ソ’ラシー」なのに 楽譜は「レーレーレー ミーファ’ミー ファ’ファ’ソラー」だと 段々混乱してきて 音程がめちゃくちゃになってくる。 結局 大抵の場合 最終的に弾くキーで五線譜に楽譜を書き直さなければなりません。 移動ドの人ならば テルミンほど楽な楽器はなかろうに。

ところで わたしが認識できる音の数は どうやら 白鍵の数しか無いらしく(汗) 弾いている曲が ♯や♭の多い楽譜である場合 耳で聞いた感じ これは ソ じゃなくて ソの濁った音だな という風に 頭の中で認識している様です。(他に そういう方 いらっしゃいません?) それが ソ♯なのか ソ♭なのか は 実はよく分からない。 大抵の場合 直感的に 自動的に ♯にしたり♭にしたりして演奏しているので 頭のどこかでは理解しているのでしょうが ソの濁った音 と言う風にしか 表面上は理解できていない。 うっかりすると 楽譜をドレミで書きながら ソ♯を ゾ と書いてしまっていたりする。 となると 楽譜上で ちゃんと ♯ ♭ と書いてあれば安心して音が出せるのですが 単に ソの濁った音 ゾ としか思っていないと なんとなく 曖昧な音を出してしまって失敗する事がよくある。 楽譜に ソ♯ と書いてあれば 安心して 元気に ソ♯が出せるのに! 

そういえば これも 絶対音感の話とは関係ないでしょうが 楽譜には ド♯ と書いてあるのだけれども(つまり わたしの頭の中では ドの濁った音 ド’ である筈の音) 旋律を歌っていると そこは どうしても ド’(ド♯) とは聞こえないで レ’(レ♭) としか聞こえない という場合があります。 なぜかしら? ド♯も レ♭も 同じ音なのに ここは やっぱり 旋律的には レ’でなくては。

謎。

という訳で わたしは面白く読めましたが かなりクセの強い著者なので 読んで辟易しそうな方は やめておいた方が 精神衛生上よろしいのじゃないかと思います。 どの様な。。。と言いますと もう 本のタイトルを見ただけで よく分かります。みたいな。 今でも 西洋の音楽教育では 平均律(ピアノの鍵盤)は全く使わずにはもる訓練をする という伝統があるんだそうです。 だから ウィーン少年合唱団は天使の歌声になる。 日本は ハーモニー というものに さほどこだわらなかったので 純正律が音楽教育の現場に入ってこず 使い勝手がよくて 転調自由自在な平均律ばかり という事になってしまった訳ですが だからといって それを 後進国よばわりする事はない。 まあ 無段階の音が出せるので 別に特別な調律にこだわる必要の無い楽器をやる人も とりあえず 平均律のピアノから入るのが基本 平均律の音階を身につけるのが基本 みたいな風潮があるところは 後進国なのかもしれませんが。

音の後進国日本―純正律のすすめ

文化創作出版

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