音、響き、ことばのコンサート
『宙の音の葉』第三回 このはなさくやひめ
2008年5月17日(土)
所:雪堂美術館(鎌倉市山ノ内1391-1)
出演:
やまとかたり<古事記> 大小田さくら子
笛 雲龍
天然空洞木<ディジュリドゥ> KNOB
~やまとかたりは日本の和のこころに深く結びつくものがたり。虚空から舞い降りた笛の音色が重なり、ディジュリドゥの太古の響きが時間を超えて語りかけます。わたしたちはどこからきてどこへいくのか。やまとかたりのことば、音、響きから、わたしたちが見つめなおす「こころ」というものを感じていただければと思います~(企画・コーディネイト 祥見知生)
会場は北鎌倉 雪堂美術館
やぐら(昔の墳墓だそうです)と呼ばれる洞窟が ガラス越しに見える会場。
音、響き、ことばのコンサート
ディジュリドゥというのは 初めて聞きました。 オーストラリアのアボリジニの楽器だそうです。 自然に空洞になったユーカリの木
こんな大きな木を吹くと ぎょえ~ とか ぼお~ とか ごお~ とか なんか そんな具合のホーミイみたいな音が出ます。 まるで 地鳴りの様な。 時々倍音も聞こえてきて そうなると まさにホーミイ。
笛も いろんな笛を使われるのですが 興味深いのは 石笛。 これも 自然に空洞になった石を使うんだそうです。
太古からの地球の歴史が そのまま この石笛や ディジュリドゥに籠もっている様な そんな不思議な音楽。
そして 大小田さんのやまとかたりが 更に不思議感を増幅させています。 かたり。。。というか朗詠 みたいな感じ。 お正月の歌会始の朗詠を聞いた事のある方は あれが 物語になって延々と続く と説明するとイメージしやすい。
何か とても不思議な でも 何故か懐かしく感じる世界が そこにはできあがっていました。 音楽を聞いている 朗読を聞いている というよりは むしろ 宗教儀式に参加している様な気持ち。 そういうものが目に見えるのならば 鎌倉の地に眠る武者の亡霊が きっと 沢山 聴衆の中にいたと思う。 日本の古い物語を語り 大地の作り上げた楽器を謹んで演奏させて頂く これも ある種の鎮魂ではないか と そんな風に感じた演奏会でした。
非常にしばしば誤解されるんですが わたしには 超常的なもの 一切見えません。 幽霊も見たことがありません。 見える見える という人を否定する気はないし 見える というのは うらやましいなぁ と思うくらいであるけれども 見えないものは見えない。 多分 見えないのは 見えない方が わたしにとって都合がいいからだろう と そんな気がする。
。。。ええと なんの話でしたっけ。
そうだ 見えないけれども テルミンを演奏する時は 宇宙が自分と一つにある事を感じるなぁ と そんな話を書こうと思ったんだけれども うまくいかないので あきらめました。
こないだ読んでいた本に
環境とわたし(環境=わたしをのぞく世界の全て)
宇宙とわたし(宇宙=わたしをふくむ世界の全て)
みたいな説明があって すごく納得してしまいました。
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