60歳からの視覚能力

文字を読んで眼が疲れない、記憶力、平衡感覚の維持のために

意味が分からなくても音読できる

2006-10-13 22:15:58 | 文字を読む

 図は、笹沼澄子「高齢者における言語.認知障害の諸相:失語.痴呆」から。
 アルツハイマー型痴呆患者の発症後1年から3~4年にわたって高次脳機能を追跡検査した時に並行して実施した音読.読解検査のデータです。
 これは良く使われる漢字単語についての音読.読解検査ですが、もとの高次脳検査でのかな単語の音読.読解検査でも同じような成績だったそうです。
 つまり、年月の推移によって痴呆の症状が進行するにつれ単語の意味理解の成績は急激に低下するけれども、音読の成績は落ちていないのです。
 
 アルツハイマー型の痴呆症といえば、認知機能全般が低下するので、音読能力だけが保持されているというのは不思議です。
 音読機能が保たれていれば意味理解も保たれていてもよさそうなものですが、意味理解は失われているというのも不思議といえば不思議です。
 かなの場合は意味が分からなくても、かなの習い始めの幼児のように文字に対応する音声を発声すればよいので、脳機能が衰えても可能かもしれません。
 しかし、漢字の場合はおなじ漢字の読み方がいくつかあるので、意味理解を伴わないで音読できるのかなと疑問に思います。

 意味理解が出来なくなっても漢字の音読ができるということは、普通に考えられているのとは違って、漢字は純粋な表意文字ではないということです。
 漢字は音声と1対1には対応していなくても、表音文字として機能しているということになります。
 もし脳が漢字を表音文字として記憶しているのでなければ、意味が分からない患者は音読のしようがないはずだからです。
 そういえば昔から漢字を学習するときには、意味よりもまず読み方を学習してきています。
 極端な例では漢文の素読などといって、意味が分からないままともかく暗記するくらいに音読をするという教育もありました。
 読書百辺意おのずから通ずなどという言い方もありましたが、漢字と意味のつながりは意外と弱かったようです。

 この例を見ると、音読をすれば脳が鍛えられ、認知症が防げるという説もなんとなく違うのではないかという気がします。
 漢文の素読とかお経の音読とか意味が分からず読むということは従来からあったので、音読さえすれば前頭葉が全般的に鍛えられるなどということは、少し考えればおかしいときがつくはずだったのです。
 脳の血流で見ればなるほど音読のときは脳が広範囲で活性化しているのですが、それが有効な活性化なのかどうかは分かりません。
 読意味理解を重視するならば音読よりも黙読のほうがましです。
 音読は意味が分からなくてもできますが、黙読は意味が分からないと続けるのが苦痛なので何とか意味を理解しようとするからです。