60歳からの視覚能力

文字を読んで眼が疲れない、記憶力、平衡感覚の維持のために

ストループ効果と脳のはたらき

2007-06-30 23:34:45 | 視角と判断

 ストループ効果というのは、文字の色と文字の意味が食い違っているとき、文字の色を答えようとすると時間がかかったり、間違って意味を答えたりすることです。
 文字の色を答える方法は、言葉で答えるというのが当然だと考えられているのですが、ほかの方法もあります。
 たとえば図のように色のついたボタンを準備して、文字を見てその文字の色を答えるには、同じ色のボタンを押すということにします。
 そうすると口で答えるよりもスムーズに答えられ、しかも間違えにくいのではないでしょうか。
 
 文字は普通の日本人なら見た瞬間に自動的に読めますし、文字の色も見た瞬間に分かります。
 口で答える場合は文字の色を見て、それからその色に対する言葉を記憶から呼び起こしてその言葉を口に出すことになります。
 そのとき文字の読みも自動的に行われているので、文字の色を答えるのに手間取ったりすると、文字の読みがつい口から出てしまうということになります。

 色のついたボタン押しで答える場合は、文字の色を見たら同じ色のボタンを押せばよいので、言葉を思い出さずにすむ文だけ手早くなります。
 文字を読んでボタンを押す場合は、文字を読んでその意味を記憶から呼び起こし、その記憶と一致するボタンを選ぶので、文字を読むより時間がかかります。
 その結果文字を読まず、文字の色と同じボタンを押すほうを優先しやすくなるのです。

 口で答える場合でも、色単語を一覧にして順に答えていくと、文字の色でなく文字の読みを答えてしまうというミスが起きます。
 しかし文字が瞬間的に表示されて消された場合(たとえば0.1秒)、文字の色を答えようとするとミスはおきにくくなります。
 文字の色に注意を向けようとしていて、文字が瞬間的にしか表示されなければ、文字の色を記憶しても、文字の読みまで記憶しにくいからです。

 一覧の場合でもたとえば上の表で、答える文字に視線を向けず、離れたところに視線を向けた状態で文字の色を答えようとすると間違えにくくなります。
 たとえば一番上の行の文字の色を答えるとき、視線を3行目に向けて周辺視野で一行目の文字を見れば、文字の色は頭に入っても、文字の意味は入りにくくなるので、ミスは少なくなります。
 一覧の場合は先の文字が見えてしまうので、先読みをしてしまいますから、文字の色を答えようとする前に読みが完了していてそれが口に出てしまったりするのでミスがおきやすいのです。

 ストループテストで間違えやすいのは前頭葉のはたらきが悪いからだと言う説がありますが、上のようなことから考えると違うような気がします。
 子供が間違えにくいのは、文字を自動的に読めるようになっていないためですが、それにしても前頭葉が未熟な子供のほうがミスが少ないのですから、説明があべこべのように見えます。


ページの速めくり

2007-06-26 22:45:18 | 視角と判断

 漢字は千分の一秒というほど瞬間的な表示でも認識できるといわれています。
 たとえばスクリーン上に白い四角を映し、次にその上に漢字を映した後、千分の一秒後にその上に白い四角を映します。
 スクリーン上には千分の一秒間しか表示されないのに、その映された漢字がなんと言う漢字かを読み取ることが出来るというのです。
 もちろんその漢字を知らなければ読み取れないわけですから、読み手が良くその字を記憶していなければなりません。
 また視力が悪かったり、表示される文字が小さかったり、表示される文字のスクリーンに対するコントラストが十分でなければ、読み取れなくなるので、どんな場合でも瞬間的にわかるというわけではありません。

 ごく短い瞬間的な表示でも読み取れるといっても、これは漢字が神秘的な力を持っているということではありません。
 漢字でなくても平仮名でもローマ字でももちろん読み取ることが出来ます。
 平仮名やローマ字のほうが読み取りやすいのですが、漢字は形が複雑であっても読み取ることが出来るということなのです。

 ところで真ん中の図のように、同じ場所に連続的に文字が表示されたらどうなるでしょうか。
 表示の間隔が10分の一秒程度ならなんとかすべての文字を読み取れますが、50分の一秒程度になると文字が重なって見えて、読み取れなくなります。
 一番最後の文字だけは何とか読み取れても、間の文字は見えなかったり、判別できなかったりします。

 速読術などで、本をビュッと一瞬の内にめくって文字を読み取るという話が出てきますが、時々眼に飛び込む文字があったとしても、たいていの文字は重なったり、見えなかったりするので、読み取れるという表現は不当です。
 連続して同じ場所に100文字以上も表示された場合、一秒間であれば各文字の表示時間は100分の一秒で、こうした場合はほとんどの文字が読み取れず、時折眼に飛び込んで認識できる文字があるという程度です。

 右の図のように文字でなく色の場合はどうなるかというと、文字のように記憶と照合する必要がないので、それぞれの色を見分けることが出来そうな気がします。
 ところが表示時間を20分の1秒程度であっても色は混ざり合ってしまって、一つ一つの色は見分けられません。
 交じり合った結果の色は、表示する色の順番によって変わりますが、いずれにせよ個々の色は切り離しては見えません。
 視覚の時間分解能はあまり高くないので、速いスピードで目に入った場合は一つ一つの映像を個別に処理することが出来ないのです。


眼の時間分解能

2007-06-25 23:17:31 | 視角と判断

 図Aのようにスクリーン上に二つの円を表示するとき、同時に表示するのでなく片方を早く表示すれば、当然どちらが早く表示されたか分かるはずです。
 ところが、たとえば左の円を表示してから百分の一秒後に右の円を表示した場合は、二つの円は同時に表示されたように見えます。
 二つの表示の間隔が0.06秒程度ならどちらが先か分かるのですが、0.5秒以下だとどちらが先かわからなくなります(個人差がありますが)。
 
 そればかりか、左を先に表示して0.06秒後に右の円を表示すると言うことを何回か繰り返した後、右の円を表示してから0.06秒後に左の円を表示しても、やはり左円が先に表示されたように感じるのです。
 何回か左の円が先に表示されたのを見て、左の円が先に表示されると脳が思い込んでいるので、実際は右の円が先に表示されているのに、左のほうが先に表示されたと思い込んでしまうのです。
 表示の時間差を感じる能力(時間分解能)が低いためにある程度短い間隔で表示されるとどちらが先か分からなくなり、片方が何回か続けて表示されればそれに慣れてしまって、途中で順序を逆にしても分からないのです。
 一回一回神経を集中させれば間違えないと思うのですが、同じ側が数回先に表示されるだけで、同じ側が先に表示されるものと思い込んでしまうのですから、脳がいかに楽をしようとしているか分かります。

 Bの場合は片方の円を表示してから少しおいてからこれを消し、それから0.05秒程度おいてからもう片方の円を表示するということを繰り返します。
 そうすると二つの円が交互に表示されているのに、左から右に、あるいは右から左にと円が動いているように見えます。
 同じ色の円であれば左右に円が動いているように見えるというのは、映画のように独立したコマを短い間隔で次々に表示することで動いているように見えることからも推測できます。
 しかしこの例では左右の色がまったく違うので、単純に動いて見えるというふうにはなりません。
 
 動いて見えると言っても左右の円の色が違うのですから、途中で色が変わらなくてはなりません。
 真ん中で変わるとすれば瞬間的に変わるということになりますが、先の例で見たように目の時間分解能は低いので、真ん中で切り替わるようには見ることが出来ません。
 そうするとどのように見えるかといえば、真ん中あたりではどちらの色にも見えず、円が消えたように見えます(実際は真ん中に円はないので見えないのが当然なのですが、消えたように見えるのです)。

 動いているように見えるということは、二つの円の間に円が見えるということで、内側に赤い円と青い円がそれぞれ瞬間的に見えます。
 赤い円が見えてその後中間に赤い円が途中まで見えるのは感覚的に理解できますが、赤い円が消えた後空白が生じ、途中で青い円が見えます。
 この途中で見えた青い円は右側に青い円が表示される前に見えることになります。
 つまり見えるはずのない円が見えてしまうということになるから不思議です。
 


抑制と選択

2007-06-24 22:40:26 | 視角と判断

 スクリーンに★印が出たらボタンを押すという課題では、印を見てからボタンが押されるまで0.2~0.3秒程度はかかります。
 集中していないと0.5秒以上もかかてしまうのですが、速くボタンを押そうとすると、印を見る前に押してしまうときがあります。
 印が出て、その視覚情報が脳に届き、脳が筋肉に指令してボタンを押すまで0.1秒以上はかかるので、計測時間が0.1秒以下のときはファウルとして計ると、平均では0.2秒~0.3秒程度はかかるのです。
 合図が光でなく音の場合は、0.15秒~0.25秒と反応が早くなるのですが、0.1秒以下では合図の前に反応したことになり、ファウルとなります(光より音のほうがはるかに遅いのに反応が早いので、脳内の視覚処理は音の処理より遅いことが分かります)。

 真ん中の図のように、スクリーンに現れる合図が★だけでなく、◇が出る場合もあり、◇の場合はボタンを押さないという場合は合図を見て判断をしなければなりません。
 ★と◇のどちらが出てもボタンを押すというのなら、最初と同じで0.2秒~0.3秒程度で反応できますが、◇のときは押さないということになると、★が出たときボタンを押すのにかかる時間は0.3秒以上になります。
 押すべきかどうか判断するのに余分な時間がかかるのですが、◇が出たときつい手が動いてボタンを押してしまう場合があります。
 こうしたファウルをなくそうと意識すると、★がでたときボタンを押す時間はさらに遅くなります。

 ◇が出たときボタンを押さないでいるというのは、前頭葉が未発達だったり、損傷していたりすると難しいといいます。
 前頭葉による抑制が効かないので、ボタンを押そうとする衝動を抑えられないからだと推測されるからです。
 前頭葉のはたらきが悪いと我慢が出来ない、切れやすい人間だといわれてしまいます。
 
 ところで真ん中の場合はボタンがひとつだったのですが、右側の例のようにボタンが二つある場合はどうでしょうか。
 この場合は◇が出たときは何もしないというのではなく、右のボタンを押せばよいのですが、ボタンを押さないという場合に比べるとファウルは少なくなります。
 少し慣れてくれば反応時間が短くなるだけでなく、ファウルもほとんどなくすことが出来ます。

 子供をキレやすくしないために、前頭葉を鍛えるという議論がありますが、前頭葉は20歳過ぎに発達が完了するということからすればそれは難題というものです。
 上のような例から考えれば、前頭葉を使ってただ我慢をさせるというより、別の選択肢を与えるほうが有効な感じがします。
 


視覚と判断

2007-06-23 22:55:11 | 視角と判断

 自分の意思で手を動かしたとき、動かそうと思ったときより脳の神経活動はそれより0.4秒ほど前に始まっていて、実際に筋肉が動くのは動かそうと思ってから0.2秒程度後だそうです。
 リベットという神経科学者の実験では図のような装置で、光が2.5秒で一周の速度で走るのを見ていて、手を動かしたいと思ったときを知らせます。
 そうすると脳波計の記録はそれより0.4秒程度前から始まって実際の動きは、意思決定の0.2秒後という結果となるそうです。
 人間が自分の意志で手を動かしたと思っても、もうそのときは脳神経が活動して手を動かす準備をしているので、自由意志というものはないというふうにも思えそうです。

 この場合は、外からのきっかけではなく自発的に手を動かした場合なのですが、外からのきっかけで手を動かした場合はどうなるでしょうか。
 右の図のように、スクリーンに印が現れたらボタンをすばやく押して、印が現れてからボタンが押されるまでの時間を計ると、0.2~0.3秒程度です(ひとによって違い、またコンディションによって違う)。
 この場合は実際に手が動いてボタンを押すまでの時間が含まれているので、見てから手を動かす準備をするのにほとんど時間がかかっていないということになります。

 印が現れたらボタンを押すのは反射運動ではないかとも考えられますが、ボタンを押すというのは反射ではなく意志活動です。
 何かが顔に向かって飛んでくれば自動的によけるというのが反射で、スクリーンに印が現れたらボタンを押すというのは、練習や意識の集中で成績が変わる意志活動です。
 リベットの実験は、外からのきっかけでなく、自分の意志を意識するということになっています。
 つまり手を動かそうと意識してから動かす場合、意識活動に多くの時間がかかっている、すなわち意識活動のスピードが遅いのです。

 リベットの実験を知って、ピッチャーが150kmのスピードで球を投げた場合、ボールが投げられるのを見てからでは打てないなどという説明があります。
 150kmの球はピッチャーの手を離れて0.4秒で届きますから、バットを振ろうとして実際にバットを動かすまでの0.2秒を引くと、投げてから0.2秒後にはバットを振る決意をしなければなりません。
 ところがリベットの実験結果を当てはめると、脳はその前に振る準備をしていて、それはピッチャーが投げる0.2秒前ということになってしまうのです。
 そこでピッチャーが投げるのを見てそれから打とうと脳が準備に入るなら、0.4秒後に打つと意識されさらに0.2秒後にバットが動くということになって、そのときはボールが届いてから0.2秒後でもう手遅れということになるというのです。
 
 実際はボールを打つというのは外からのきっかけでバットを振るということなので、ボールが投げられるのを見て、0.2秒以内のところでバットを振れば間に合うのです。
 


動いて見えてしまう図形

2007-06-19 22:52:56 | 視角と判断

 左の図は「オオウチの錯視」と呼ばれているもので、真ん中の円形の領域が動いて見えるだけでなく、ときとして外側の正方形の部分も動いて見えます。
 実際に図が動いているわけではないのに、いくら注意してみても動いて見えて舞います。
 動いて見える理由はまだ分かっていないようですが、どういう場合に動きが激しく感じるかといえば、それは視線を動かしたときです。
 それでは視線を動かさなければ、図形が動いて見えないかというと、視線を動かさずにじっと見ても、図形は動いて見えます。
 視線を動かさないでいるつもりでも、目は動いているので、図形の動きは小さくなるようでも、やはり動いてしまうのです。

 右側の図は左の図の黒い部分を赤、白い部分を青に塗り替えたものですが、この場合は真ん中の円形の領域の動きは小さく、外側の正方形部分は動かないように見えます。
 真ん中の円形部分も視線を動かさずに注視すればとまって見えることもあります。
 この場合、赤と青の部分は明るさが同じなので、動いて見える主な原因は白と黒という明暗の対比が極端なことだと考えられます。
 同じパターンの図形でも、青と赤のように明度が同じ色で構成されているときは動きがはるかに小さく、ときに静止して見えるからです。

 パターンについて言えば、白と黒のおなじ形の長方形の組み合わせになっているために、ちらついて見え、視線がスリップしやすいことも原因のひとつと考えられます。
 実際に左の図を建て横ともに4倍程度に拡大してみると、図形はほとんど動かなくなり、とまって見える時間が多くなります。
 
 それぞれの図形の横にあるのは、真ん中の円形領域の中央部分を取り出したものです。
 白と黒の場合で見ると、白と黒の長方形が交互に縦につながっているのですが、間の二本は上から下に目で追っていくと途中でスリップして途切れてしまうように見えます。
 白い長方形が太く、黒い長方形が細く見えるので上から下まで見たときに途切れて見えてしまうのです。
 ところが右の赤と青の場合は、明度が同じため赤の長方形も青の長方形も同じ大きさに見えるので、上から下までつながって見ることができ、視線がスリップしにくいのです。

 左の図で白と黒の長方形がつながっていると見極めようと注意を集中させてみると、ときどき上から下までつながって見える瞬間があります。
 このときは図形の動きはとまって見えますが長続きはしません。
 しかし一時的ですが、同じ大きさの白と黒の長方形のつながりという、部分的なパターンを全体から切り離して見ることが出来ているのです。
 
 少しの時間であれ止まって見えるためには相当程度の集中力が必要で、止まって見えることがあるかどうかで集中力をテストすることが出来ます。


全体から部分を切り離す

2007-06-18 23:03:34 | 視角と判断

 A図は斜線を水平に並べたものですが、斜めに並んでいるように見えます。
 最初の行は右下がりに、二番目の行は右上がりにそして三番目はまた右下がり、さらに四番目の行は右上がりに見えます。
 一方、B図は4本の水平線ですが、A図とB図を重ねたのがC図です。

 C図では4本の水平線は平行に見えず、斜めに見えます。
 C図はA図とB図を重ねたものものなのに、4本の水平線が斜めに見えるのですから、A図の見え方が優勢であることが分かります。
 C図の中の4本の水平線に注意を集中して見れば、もともと水平な線なのですから水平に見えても良いはずです。
 ところが大抵の人はなかなかうまくいかないでしょう。
 全体から部分を切り離して見るという課題で、かなりの集中力を必要とするからです。
 子供とか高齢者がうまくできない場合が多いというのは集中力が弱いためだと考えられます。

 D図は水平線の部分の色を赤くしたもので、この場合は赤い線に注意を集中すればよいので、赤い横線は水平に見えるだろうと予想されます。
 実際は斜線の部分が同時に目に入るので、簡単にはいかず、横線は斜めに見えてしまうかもしれません。
 しかし赤線全体に注意を向けて見続けると、赤線は平行に見えてくるでしょう。

 E図は逆に斜線を赤くしたもので、この場合は黒い線のほうに注意を集中すれば、水平に見えてきます。
 やはり斜線が同時に目に入るので相当注視を集中させないとうまくいきません。
 黒い線全体に注意を向けることができれば、黒い線は平行に見えてきます。
 
 D図やE図で練習した後で、同じ要領でC図を見れば以前にはなかなか水平に見えなかった横線が水平に見えるようになります。
 F図のような場合も原理は同じで、二本の横線に注意を集中して見続けることができれば二本の横線は水平線に見えるようになります。
 妨害刺激となっている放射線が前面にあると見るか、背景と見るかは見る人の自由ですが、放射線と横線を切り離してみることが出来れば二本の線は湾曲していなくて、まっすぐな水平線に見えるようになります。


奥行きと一体感

2007-06-17 22:39:32 | 視角と判断

 図ではA→B→C→Dの順に色が濃くなっています。
 上の図で、左側の図からBとCの部分を抜き出したのが右側の図ですが、こうして抜き出してみると、BとCの色の濃さは左の場合で見たときより、差が多きいことが分かります(左下と右上の小円はそれぞれB,Cと同じ明るさですが、BとCとの明るさの差は感じられません)。
 原因は、Bがより色の薄いAに囲まれているため対比効果でより濃く見え、Cは自分より濃いDに囲まれていることによって薄く見えるので、明暗差が縮まって見えるためです。

 ところが、下の図になるとBとCの色の濃さの差ははっきりと見て取れるようになっています。
 下の図ではBの部分が小さくなっているのですが、単に面積が縮まっているだけではなく、色が薄くなっているように見えます。
 それだけでなく、上の図のばあいはBとCがそれぞれ独立した別の領域に見えたのですが、下の図ではBとCは一体化しひとつのひょうたん型のような図形に見えます。

 隣接するAとDの四角形の上にひょうたん型の半透明の灰色のフィルムが置かれているように見ることができ、この場合はAとDの差を半透明のフィルムを通して見るような感じとなり、上の図よりも境目がはっきり見えます・

 この図は見方によっては下に灰色のひょうたん型の図形があり、上に薄い灰色の四角形のフィルムと濃い灰色の半透明フィルムが隣り合わせにおかれているようにも見えます。
 このばあいにはAとDの境目がさらにはっきり感じられます。
 
 いずれにせよBとCを一体のものとして感じると、奥行き感ができてB,CとA,Dが別の平面に感じられます。
 そのためA,DとB,Cがお互いに干渉を避けることになり、明暗差などがはっきり感じられるようになるのです。

 同じように上の図の場合もBとCをひとまとまりのひょうたん型の図形ととらえるとBとCの境目はAとDの境目と感じられ、BとCの色の濃さのさもはっきりと感じられるようになります。
 漠然と見る場合よりも構造化して見た場合のほうが、注意が集中されるので、錯覚が排除される場合があるのです。


対比効果を際立たせる

2007-06-16 23:04:11 | 視角と判断

 左の図で二つの円は同じ濃さの灰色なのですが、下のほうがやや暗く見えます。
 上のほうは黒で囲まれているので対比効果でやや明るく見え、下のほうは白で囲まれているのでやや暗く見えるといわれています。
 
 ところで、右の図では左右の灰色の部分は同じ明るさの灰色なのですが、左のほうがずっと暗く見えます。
 左のほうは上下の辺が黒に接し、左右が白に接しているので、対比効果という点ではッ黒の影響が大きいはずです。
 そうであれば左の灰色の部分は右の灰色の部分より明るく見えるはずなのに逆になっています。
 これについては次のような説明が考えられます。
 「左の図では白い地を背景に縦に長い灰色の長方形があり、その上に黒い横板が5本あるように見える。灰色の部分は白地の上にあるように見えるから暗く見える。これに対し、右側の場合は黒い地を背景に縦に長い灰色の長方形がありその上に白い横板が6本あるように見える。この場合は背景が黒地なので明るく見える。」

 しかし同じように背景との対比で説明できるように思えても、左の図の場合は差がわずかなのに、右の図では差が拡大しているので、対比効果だけでは説明できません。

 ここで右側の縦長の長方形を見直すと、白い横板が灰色の長方形の上にあるように見えていたのですが、白い板の上に白い半透明の縦長の長方形がおかれているようにも見えます。
 つまり、縦長の長方形が一番上にあるように見えるのですが、このとき灰色の部分は以前より明るく見えます。
 
 同じように左側の場合も、黒い横板の上に黒い半透明の縦長の長方形がおかれているようにも見えます。
 この場合は黒い横板が灰色の長方形の上に置かれたと見た場合よりも暗く見えます。
 
 ここで左側が白地で右側が黒地であったり、左側が黒地で右側が白地というのでは矛盾があると感じるので、どちらか一方にするとしましょう。
 全体が白地であるとすれば、左の場合は縦長の灰色の長方形がその上にあり、さらにその上に黒い横板があるということで、右側の縦長の長方形は黒い横板の上にあることになるので、白い半透明の長方形に見えます。
 その結果左右の長方形の明るさの差が大きく見えるということになります。
 
 逆に全体が黒地であるとすればその上に右の縦長の灰色の長方形があり、その上に白い横板があり、左の縦長の長方形は黒い半透明の長方形に見え、やはり左右の縦長の長方形の明暗差を際立たせることになります。
 つまり右側の図では、奥行き感が生じて、その結果対比効果を際立たせているわけで、目の自動的なはたらきがあったのです。

 


見方と見え方4

2007-06-12 23:49:53 | 視角と判断

 図はT.エーデルソンが考案したもの。
 A図で真ん中に白い点を打ってある二つの菱形は同じ濃さの灰色なのですが、左側のほうが明るく見えます。
 菱形は縦に三個並んでいて、、左の列と右の列は黒い半透明フィルターをかけているように見えます。
 従来の心理学的な説明をすれば、「真ん中の列に黒いフィルターをかければ、菱形の部分は黒くなるはずなのに灰色になっているのは、実は菱形は白くて、フィルターがかかって灰色に見える、と脳が解釈する」ということになります。
 
 しかし、このように回りくどく考えなくても、明暗の対比関係から簡単に説明がつきます。
 左側の菱形は黒と灰色の三角形に囲まれているのに対して、右側の菱形は灰色と白の三角形に囲まれています。
 左側のほうが右側に比べ暗い色の囲まれているので、相対的に明るく見えるのです。
 黒い半透明フィルターがかかっていると考えると混乱するのですが、フィルターがかかっているとするならば、菱形を囲む三角形の部分だけにかかっているのです。
 つまり、周りを黒くしたので菱形の部分が対比的に明るく見えているのです。
 
 B図は間隔をあけて菱形の部分つながって背景の灰色と同じ色だと分かるようになっています。
 一列目の背景も二列目の背景も同じ色ですから、白い点を打ってある部分は同じ色に見えるはずです。
 ところがやはり、左側のほうが明るく見えます。
 というよりは二列目が暗く見えるのです。

 B図は全体的に見ればそろばん玉が並んでいるように見えるのですが、二列目のそろばん玉と三列目のそろばん玉の間の背景だけが暗く見えます。
 そろばん玉は左半分が明るく、右半分が暗くなっていて、明るい部分ではさまれたところが対比効果で暗く見えているのです。
 真ん中の白い点が打ってある部分も背景と同じ明るさであることは、下の黒い星のところに視線を向け、ゆっくりと上のほうに視線をずらしていけば確かに背景と同じ色だと確認できます。

 真ん中の白い点の打ってあるところを先に見ると、どうしても対比効果が働いて左の白い点を打ってあるところより暗く見えます。
 そこで上下の黒い星の部分に同時に注意を向けてみます(下を見てそのまま上を見る)。
 そうすると黒い星の間は一体化して見え、背景全体と同じ明るさの灰色に見えます。
 このとき背景全体が一体化して見え、同じ明るさに見えますから、左の白い点のところも右の白い点のところも同じ明るさに見えます。
 視野を広げて全体を見ることが有効な見方になっているのです。