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史跡訪問の日々

幕末維新に関わった有名無名の人生を追って、全国各地の史跡を訪ね歩いています。

小城 Ⅱ

2015年08月14日 | 佐賀県
(長栄寺)
 長栄寺には、梧竹の墓がある。中林梧竹は、大正元年(1912)、中風を発症し、翌大正二年(1913)、帰郷したが同年八月病没した。行年八十四。
 梧竹は生涯を通じて観音菩薩を信仰していた。生前一寸五分の観音像を常に身に着けていたという。長栄寺の墓も、聖観世音菩薩を象ったものとなっている。


長栄寺


書聖 中林梧竹之墓

(梧竹観音堂)

 梧竹観音堂(三日月堂)は、明治四十一年(1908)、梧竹八十二歳のとき、建立された。翌年には御物を収める鳳凰閣もその横に建てられたが、現存していない。観音堂も昭和二十四年(1949)の台風で倒壊したが、昭和三十二年(1957)に再建されて今日に至っている。
 正面入口には鍋島直大の書で「三日月堂」の木額が掲げられ、堂内正面には、梧竹が生涯信仰した観音像が祀られる。その左側には、梧竹が先師と慕う草場佩川、山内香雪、余元眉の位牌が安置されている。


梧竹観音堂

(星巖寺)
 星巖寺は、貞享元年(1684)、小城鍋島家二代直能が、初代元茂の菩提を弔うために発願し、三代元武のときに落成した。寺名は、初代元茂と二代直能の法名から取られている。江戸末期には、寺領八十石、敷地十七町もあり、本堂、禅堂、斎堂、知名寮などがあったらしいが、これらは現存してない。現在は楼門や五百羅漢像などが残されている。


星巖寺楼門

 星巖寺楼門は、嘉永五年(1852)、十三代住職沢林のときに完成している。俗に龍宮門と呼ばれ、中国文化の影響を受けたと思われる。この楼門だけで、往時の星巖寺の壮大な境内を想像するきっかけとしては十分である。


五百羅漢

 江戸時代中期に、小城三里西川(さいがわ)の石工、平川徳兵衛一族によって造られたのではないかと伝えられる。二百体ほどが現存している。一つひとつが特徴のある表情をしており、見飽きることがない。


鍋島家墓所

 五百羅漢像のある場所のさらに奥に、小城鍋島家の墓所がある。小城鍋島家は初代から十一代直虎まで続いて明治維新を迎えた。この墓所には三代、六代、九代藩主を除く八人の藩主とその親族の墓がある。


鍋島直亮墓

 鍋島直亮は小城藩第十代藩主。嘉永三年(1850)、家督を継いだ。嘉永六年(1853)、プチャーチン率いるロシア艦隊の来航に伴い、急遽帰国と長崎警備を命じられた。万延元年(1860)の遣米使節に藩士を派遣し、宗藩である佐賀藩にならって洋式の軍制改革を進めたが、元治元年(1864)、三十六歳の若さで病没した。


鍋島直虎墓

 鍋島直虎は、安政三年(1856)、佐賀城下に生まれた。父は、佐賀藩主鍋島直正(閑叟)である。小城藩主直亮の養子となって、慶應元年(1865)二月、家督を相続した。明治二年(1869)、従五位下紀伊守に叙せられ、同年六月、版籍奉還とともに小城藩知事となり、明治四年(1871)、廃藩置県により免ぜられた。同年正月の鍋島直正の病没に際して、直虎が喪主としてその葬儀をとり行った。のち英国に留学。帰朝後、外務省御用掛となった。明治十七年(1884)、子爵に叙せられ、明治二十三年(1890)には貴族院議員となった。大正十四年(1925)、年七十で没。

(印鑰社)


印鑰社

 印鑰(いんりゃく)社に初代司法卿江藤新平生立ちの地という碑が建てられている。
 江藤新平の父、助右衛門胤光は佐賀藩士であったが、上役と合わず浪人となり、晴気庄の印鑰社で私塾を開いた。江藤新平も十二歳から十六歳までの四年間をこの地で過ごした。当時、生活用水として使用されていた堀の跡が残っている。その頃の極貧生活の中で新平は勉学に励み、十四歳のとき、零落した家を再興する詩を書き、母浅子はこれを見て泣いて喜んだという。

 吾祖ノ威名、久熟(ツラツラ)聞ク
 刀槍千隊、三軍ヲ掃クト
 雲蒸霧変、何レノ日カ知ラン
 誓ウ、微躯(ビク)ヲ以ッテ策勲ヲ画サン


初代司法卿 江藤新平生立之地

(本龍院)


本龍院

 千葉胤頼開基の本龍院は、印鑰社からさほど離れていない、西晴気に所在している。「佐賀県の歴史散歩」(山川出版社)によれば、本龍院に江藤家関係ある墓地が残っていると記述されていたので、ここまで足を伸ばしてみた。しかし、墓地を隈なく歩いてみたものの、それらしい墓を見付けることができなかった。

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