ピアノ協奏曲の第1番であるが、実は、ベートーヴェンのピアノコンチェルトは、第2番の方が作曲も初演も先であるし、また、それ以前、14歳の頃、チェンバロ協奏曲なるものを作曲しているが、残念ながらこの曲は鍵盤の独奏部の譜面しか残っておらず、管弦楽の部分がどういう旋律なのかは未だもって分からないので、後世でも演奏されていない。また、第2番の比べると完成度も高く、要はベートーヴェンはどうしてもこちらを第1番にしたかったのだろうという理由が大変良く分かる。
ベートーヴェンがピアノという新しい楽器の可能性を大変高く感じてこれに没頭していくその後の姿というのが、この曲を聴いているとても解るような気がする。なにしろこの曲は「ハ長調」で書かれているのである。ハ長調というのは楽譜を少し読める人なら分かるように読譜がもっとも容易い調である。半音がひとつもないからである。がしかし、ことピアノ演奏に関してはこれほど難しい調はない。なぜなら基本的に指が黒鍵を使わずすべて同一の平面に置かれるためで、支点が取りづらく運指に影響が出る。無論ベートーヴェンクラスの演奏レベルにあれば、そんなに難しくは無いと思うが。だがこの調の難しさは、ピアノだけではなく、管楽器も、また弦楽器もヴィオラやチェロはハ音の開放弦があるが肝心のヴァイオリンにはなく、やはり読めても演奏は難しい調である。余談であるが日本の音楽教育は楽典を重視しないが、なぜか基本はこのハ長調に置いている。ト音記号において、半音が着かないからなのかもしれないが、これが余計に読譜を難しいものにしてしまっている気がする。国家「君が代」がハ長調だからだろうか? ベートーヴェンの場合、これは憶測だが、交響曲第1番もハ長調で書いている。ピアノ・コンチェルトよりも後年のことだが、揃えたのかもしれない。実は、この曲、ベートーヴェンだと教えないが聴かせたら、モーツァルトの協奏曲だと思ってしまうほど、第一楽章は似ている。というかハ長調だから当然なのかもしれないが、やけに明るい。しかし、この曲、注目すべきは第2楽章にある。ここはベートーヴェンが如何に素晴らしいピアニストであったかということを証明するかの如く、夢の様な旋律で始まる。そしてそれをオーケストラが大事に引き継ぐ。本当に美しい流れである。私は良く、モーツァルトが27曲も作ったピアノ協奏曲を、ベートーヴェンはたった1曲で超えてしまったという表現をするが、それは第3番とか「皇帝」のことだはなく、この第1番をさしている。そして、まさにこの第2楽章がその瞬間である。そして第3楽章のロンドはアレグロ・スケルツォで2拍子のせわしない雰囲気が出ている。しかし主題のフレーズが3小節単位でグループになっているところなどは、実は新しい拍節感であり、やはりこの音楽家の探求力と提案力というのは素晴らしい才能だと感心してしまう。
ピアノ協奏曲好きな私は、この楽曲の演奏は10枚くらいライブラリーに収まっているが、やはり特に第1番は弾き振りが良くて、ツイマーマンが良い。彼の演奏を聴いているとベートーヴェンのオケの再現のように思ってしまうのである。
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