音楽は語るなかれ

音楽に関する戯れ言です。

クロコダイル (エコー&ザ・バニーメン/1980年)

2012-02-27 | ロック (イギリス)


エコバニのファーストアルバムである。私は大変残念なことに、この作品を「ポーキュパイン」より後に聴いた。そもそもエコバニと出会ったのが彼らのサード・アルバムである「ポーキュパイン」であるから、その辺はいたし方ないのであるが。しかし、この作品を聴いた瞬間に、あ、パンクとニューウェイヴってもしかしたらこのバンドがデビューするためにあったムーヴメントだったのではないかと思ったくらいだ。これぞ、ネオ・サイケデリア。そして、ロックはこのバンドによって67年まで戻されてそして蘇生を試みた。本当に、真剣に思ったし、そのくらいこの作品を聴いたときはある意味で「感動」した。そう、もしかして、あのサマーを自分も送れるのではないかって・・・。

「ポーキュパイン」や「オーシャン・レイン」は既に完成してしまい過ぎていてわからないのが彼らの原点。この作品にはそれがすべて記されている。ビートルズと同じリバプール出身。そして伝統のマジービートがあって、そこにサイケデリックが乗っかっている、しかし、それはとても不安定なバランスを保っていて、しかし、彼らはそれだけでなく、1967年以降の英米に引き継がれた音楽をすべて自分たちなりに取り入れている。だから、リスナーによってはドアーズにも聴こえる、いや、このアートな感性は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドにも聴こえる。そしてその部分がやけに「ネオ」なのだ。叙情的でもあり、あるいみ退廃的でもある。が、しかしその部分に固執はしていない。次の曲はまたちょっと違ってみたりする。基本、彼らはリバプールのバンドである誇りは保っている。しかもそこがとても良いのだ。そしてこれはエコバニの特筆すべき特徴であるが、このイアン・マカロクのある意味投げやり、または惰性的で怠惰なヴォーカルがかなりマイナーで、ダークなイメージを演出している一方で、ギターサウンドは、これぞ、イギリスの伝統的な明るさ、楽しさを持っていて、これも実は前述したマジービートとサイケの不均衡さと同じように絶妙なバランスでなりたっている。つまりはまるで、一本の指の上で、二組のやじろべえがクロスしながら保っているようなバランス感覚がこのバンドの一番の魅力なのである。"Going Up"で聴ける、力の入った演奏だったり、"Crocodiles"のうーん、これぞポスト・パンクな曲だったり、なにしろ好きなのは、ドアーズの名曲にそっくりな"All That Jazz"など聞き所は満載である。よく考えてみたらこの時代はこんな面白くて新しいバンド、音楽が沢山あったんだが、みんな一体何処へ行ってしまったんだろうと思う。

しかし、やっぱりよくよく何度も聴いていると、好き嫌いがはっきりしてしまう音楽だ(私は勿論好きだ)。そして実は80年代の前半のイギリスって、こんな面白いのだけど、好き嫌いの分かれるバンド、連中が沢山いたのである。そしてほんの一握りが80年代後半も残っていった。しかし、このバンドに影響を受けたミュージシャンはとても多く、ニルヴァーナオアシス、スマッシング・パンプキンズ、コールドプレイ、ザ・コーラル等多数、しかも80年代以降のオルタナを牽引していった面々である。そういう「音楽を供給」される側も色々な「好き嫌い」の選択肢があったいい時代であった。ロンドンが実に面白い時代でもあったのだ。


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