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今日の筆洗

2021年02月23日 | Weblog

 大坂なおみのサーブは時速二百キロに届く。漫画の「効果音」なら「ゴオオオー」とか「ギュイーン!」と大きく描かれるサーブだろう▼小柄でやや手の短い、あの投手の球に似合う「効果音」はなんだろう。「ひょい」「ポイッ」か。その「ひょい」で居並ぶ強打者を打ち取っていく姿が忘れられぬ。スワローズのかつての好投手安田猛さんが亡くなった。七十三歳。がんと闘っていらっしゃったのか▼直球は百三十キロ前後というが、そんなに出ていたか。ただしコントロールは抜群。あわただしく投球動作に入るといつの間にか、狙ったところにボールが収まる。スワローズファンの村上春樹さんが書いている。「いかにも人をくった投げ方でひょいひょいとアウトを取っていく」(『村上さんのところ』)▼野球の下手な子どもにもなんとかなるよと励ますような投球術だった。同じスワローズでも、松岡弘の剛速球は投げられまい。でも、知恵と努力でいつか安田にはなれないか▼安田よ。もっと遅い球で王を倒せ。平凡で力なきわれわれにあの投手は夢と勇気を投げていた。そんな気がする▼村上さんが「僕にも小説が書けるかもしれない」と思ったのは一九七八年四月の神宮球場。一番のヒルトンが二塁打を打った瞬間というのはハルキストにはおなじみか。その試合の先発は安田だった。「啓示」と無関係ではあるまい

 

 

Yasuda

【本編プレビュー】がんばれ!!タブチくん!!|” THERE GOES OUR HERO”(1979)

 


今日の筆洗

2021年02月22日 | Weblog

 生い立ちは恵まれなかったかもしれぬ。それでも三代の政権に仕え、持ち前の能力と魅力で国民から熱狂的に支持されている…。うん? 最近の政治にそんな立派な人物がいたっけ▼人ではない。英国のネコ、ラリーである。十四歳。肩書は英国の首相官邸でネズミ退治を主に担当する、「内閣ネズミ捕獲長」。このほど在職十年をめでたく迎えた▼腕利きらしいが、元は野良猫。動物保護ホームで暮らしていたところをキャメロン元首相のお子さんのペットとしてスカウトされ、その後、俊敏さと追跡力が買われ、「捕獲長」に出世し、今では国民のアイドルになっている▼本日は猫の日。もうひとつ、ネコの出世の話を。かつて駿府(すんぷ)城に黒いネコがいた。あまり姿を見せないのだが、目撃した志ある武士は間違いなく出世するため、いつのころか、「出世猫」と呼ばれたそうである▼「志ある武士」というところに秘密があるのだろう。もともと誠実な武士がありがたいネコを見て、いっそう励み、その結果、出世したというのが真相ではと想像する▼日本の国会にもネコを飼ってもらい、出世猫だと触れ回るか。ネコを目撃した政治家はより励み、コロナ禍で控えるべき酒場通いとは縁を切るだろう。官僚なら首相のせがれといえど利害関係者からの接待を毅然(きぜん)と断るかもしれない。政治のありさまにネコの手を借りたくなる。


今日の筆洗

2021年02月21日 | Weblog

「ゴルゴンの蛇の髪のように群生する触手」「おれにいわせるとタコだ」−▼英作家、ウェルズの『宇宙戦争』(一八九八年)から地球に襲来した火星人の姿の描写を抜き出した。火星人と聞けば今もタコのような怪物をつい想像するが、この古典SF作品の影響らしい▼地球人を攻撃する怪物の姿には古代からの火星へのおそれもあったか。火星はかつて不吉な星と考えられていた。ローマ神話では戦争の神であり、中国でも火星の接近に戦争や飢饉(ききん)の兆しを見たというから火星の不吉さが醜悪な怪物を人類に空想させたのかもしれぬ▼不吉どころか、火星ひいては生命の秘密をひもとくカギを得るチャンスとあらば人類には大いなる吉兆だろう。米航空宇宙局(NASA)の探査車「パーシビアランス」がおよそ七カ月間の宇宙の旅を経て、火星に無事に着陸した▼数十億年前は温暖で水もあったと考えられる火星。そこに生命が存在した痕跡を約二年をかけて探査するという。地球以外にも生命がいるのか。探査結果によっては科学上の大きな謎が一気に解明に向かう可能性がある。はっきりすれば、われわれはあのタコの怪物からも解放されよう▼帰還は二〇三〇年代と聞く。「パーシビアランス」とは「忍耐」「不屈」の意味だそうだ。結果を待つ、こちらも期待と好奇心を抑えるのに忍耐が必要なほど胸おどる探査である。


今日の筆洗

2021年02月20日 | Weblog

 ジャック・ニコルソンさん演じる私立探偵のもとに、謎の女性から電話がかかる。先日もテレビで放送していたが、ハードボイルド調の傑作映画「チャイナタウン」のちょっと印象に残る場面だ▼女性は警戒しながら「今おひとり?」。電話の周囲には複数の人間がいたのだが、探偵は言う。「誰だってひとりさ」。人はみな孤独であると言って、会話をつないだ。ぎりぎりかもしれないが、うそはついていない。職業上の倫理からか。うそをつかないことを自らに課した人の言葉のかっこよさである▼こちらはどうもかっこ悪い。配慮してきたのは、倫理規程より権力だったのではないか。放送事業会社に勤める菅首相の長男らによる接待の問題である。放送業界に関する話題が出たかどうかについて、「記憶にない」と言っていた総務省の局長が、音声データが公開されると答弁を一転させ、「発言があったのだろうと受け止めている」▼事実上の更迭となった。「記憶にない」は、意図的なうそではないかもしれないが、そんな昔の話でもない。虚偽答弁と言われても仕方がないだろう▼本当に行政には影響はないのか。首相への忖度(そんたく)でなかったかも疑われよう。虚偽の答弁といい、前政権からの体質は一掃されたようには思えない▼自らに何を課すか、一人になって考え直した方がいい人が政権にはいるのではないだろうか。


今日の筆洗

2021年02月19日 | Weblog

 トランプ前米大統領は若いころ、たたき上げの不動産業者だった父の下で、ビジネスの現場をまわっている。多くを学んだという。まず家賃取り立ての担当者に教わったのは、扉をノックする際、決して正面に立たないことであった▼向こうから銃で撃たれても、手だけで済む。そんな生命を守る知恵であったと『トランプ自伝』につづられている。窮地をしのぐ力を修羅場で養い磨いた人だろう▼連邦議会襲撃を扇動したとして、トランプ氏を訴追した弾劾裁判は先日、「無罪」の評決に至った。退任した大統領の弾劾という異例の裁判には、政治生命をここで終わらせたいという反トランプ側の願いが込められていたようだ。が、養ってきた強固な支持層が政治生命の急所を守る盾になったらしい▼反旗を翻し、「有罪」とみなした共和党の上院議員は一部にとどまった。根強いトランプ支持層を敵に回せば選挙に勝てないという思惑が党に広がっていたからともみられている▼歴史に汚点を残していながら、政治生命が尽きることにはならなかった。責任追及の動きは収まっておらず脱税疑惑などもあって、逆風にさらされそうだが、どうだろう▼<私はこみいった取引にひかれる…難しい取引のほうがねらったものが安く手に入るから>と自伝にある。難局に対する性分が変わっていないなら、混乱はまだ終わりでなさそうだ。


今日の筆洗

2021年02月18日 | Weblog

 歌手の美空ひばりさんはサインをあまりしない人だったそうだ。ひばり映画を撮影している時、助監督はそのサイン嫌いに泣かされた▼ロケ先でお世話になった人や役所の観光課、宿泊先の旅館などから大量のひばりさんのサインを頼まれる。むげに断ることもできない。どうしたか。ひばりさんに一枚だけ色紙を書いてもらう。それを手本に助監督全員で色紙に書き写していたそうだ。山田洋次監督の下で助監督を長く務めた鈴木敏夫さんが先輩から聞いた話として書いていた▼今なら笑い話だろうが、こちらの悪質な偽造には青ざめる。愛知県知事へのリコール(解職請求)運動をめぐる不正署名問題である▼解職請求に必要な署名簿を不心得者がアルバイトを動員して、偽造していたという。愛知県民の名と住所のある名簿を手に入れ、引き写させていたらしい。署名簿に偽造署名があることは以前から指摘され、名前を勝手に使われたとの声も出ていたが、こんな「からくり」があったのか▼リコールは住民の意思を確かめる手続きで、その署名を偽造することは住民の心を偽造することに他なるまい。選挙でいえば自分の投票用紙が使われ、支持していない候補に一票を勝手に投じられたようなものである▼民主主義のルールを揺るがしかねない偽造と、それに手を染めた曲がった心を思えば、今宵(こよい)は「悲しい酒」となる。


今日の筆洗

2021年02月17日 | Weblog

「ウグイスだよ」。通りで子どもたちがささやき合っているのが聞こえた。視線の先を追えばウグイス色の鳥が木に止まっている。残念。あれはメジロ。ウグイスはもっと茶色がかっている。昔の人が見間違えたのか、メジロの明るい緑色をウグイス色というのでややこしい▼<声はすれども姿は見えぬ藪(やぶ)に鶯(うぐいす)声ばかり>。岩手県民謡「南部茶屋節」から一節。ウグイスは他の鳥と違って群れをつくらない。単独で暮らすせいだろうか、警戒心が強く、林の中で潜むように生活しているそうだ。なるほど、声はすれども姿は見えぬわけである▼「株価三万円台回復」「三十年半ぶり」。景気の良い声が聞こえてくる。東京株式市場で日経平均株価が三万円台を回復している▼バブル期の一九九〇年以来のことらしい。三万円台という「ホーホケキョ」を聞き、あたりを見回してみるが、その姿は見えてこない。見えてくるのはコロナ禍にあえぐ飲食店と、ややうつむきがちな人々だろう▼世界的な金融緩和によってあふれた投資マネーが株式市場に流れ込み、株価を押し上げている。ところが肝心の所得や雇用の数値は低迷したままで、これでは景気回復を実感できないはずである▼声が聞こえるだけでもましかもしれないが、暮らしを楽にしてくれる本物の「春告げ鳥」にお目にかかりたい。本当にいるのかとチト疑ってもいる。

 


今日の筆洗

2021年02月16日 | Weblog

 ある男が比叡山に登った時、山中にひときわ、大きな岩をみつけた。岩の上によじ登り、寝転んでたばこをふかしていると突然大きな地震が起きた▼あわてて岩から降りた。よく見ると岩ではなく、大蝦蟇(がま)だった。「日本伝説集」にある。たばこの火が背中に落ち、巨大なカエルを目覚めさせたか▼不気味な大蝦蟇と目が合った気分になる。十三日夜、宮城県と福島県で震度6強を記録した大きな地震である。東京でも震度4。長く続いた揺れに布団の上で肝を冷やし、同時に十年前の東日本大震災をいやでも思い出した方もいるだろう。震源に近い地域が心配である。地震に不安を募らせる人々の上に二月の寒さとコロナ禍がのしかかる▼東日本大震災の余震とみられると聞き、あらためて驚く。十年前の地震が今なおマグニチュード(M)7を超える規模の余震となって現れる。あの大震災は終わっていなかったか▼人間は大蝦蟇の上で暮らしているようなものなのかもしれぬ。いったん眠りについたとしても大蝦蟇は生きている。いつ何時、どんな拍子で背中を揺らすかもしれない▼室町の画僧如拙の「瓢鮎図(ひょうねんず)」が浮かぶ。小さなヒョウタンでぬるぬるしたナマズを押さえ込めぬように非力な人間は地震を食い止めることはできない。できるのは絶えず地震を意識し、備えること。この余震、しばらく続く可能性があるという。


今日の筆洗

2021年02月13日 | Weblog
 菜の花畠(ばたけ)に入日(いりひ)薄れ−。唱歌「朧(おぼろ)月夜」を歌う声に司馬遼太郎さんは「それ何の歌だ」と尋ねたそうだ。菜の花が大好きな司馬さんのためにと歌ったのは作家半藤一利さんである。小学校に通う代わりに図書館に入り浸ったせいで有名な唱歌を知らなかったとは、長いつきあいの半藤さんの見立てだ▼人がコーヒーを一杯飲む間に司馬さんは三百ページほどの本を三冊読み終えていた。唱歌の話に片りんがみえる「神がかった」読書の量と力、取材や知識への熱意の人であったそうだ。「資料を読んで読んで読み尽くして、そのあとに一滴、二滴出る透明な滴(しずく)を書くのです」という言葉とともに半藤さんが書き残している▼司馬さんが亡くなり二十五年たった。十二日は命日「菜の花忌」である。「半藤君、俺たちには相当責任がある。こんな国を残して子孫に顔向けできるか」。没する一年前に語ったという▼憂えていたのは、ひたすら金もうけに走り、金もうけに操られるような社会だった。「足るを知る」の心が大切になると、世に語りかけようとしていた▼憂いは過去のものになっていないだろう。災害、経済の混乱、疫病の流行…。司馬さんなら何を語るかと思うことも多い四半世紀である。憂いをともにし、後を継ぐように昭和を書いてきた半藤さんも他界した▼著作の中に、残された滴に、声を探したくなる菜の花忌である。