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今日の筆洗

2019年01月23日 | Weblog

  米航空宇宙局(NASA)が二〇一一年におもしろい発表をしている。題名は「NASA研究者が選んだ科学的にもっともらしいSF映画ベスト・ワースト」▼ベスト部門一位は米映画の「ガタカ」(一九九七年)である。遺伝子の改良によって知能、体力、容姿を向上させた新人類が支配する未来を描いている。遺伝子操作を受けていない人間は「不適正者」として差別され、なりたい職業にもつけない▼現実的というNASAの見立てが的中するのか。中国広東省でゲノム編集によって遺伝子を改変した双子の女児が誕生したという▼世界で初といえども倫理、安全面で批判のあった研究である。研究者は功名心でやったと言うが、あまりにも軽々しく神の扉を開けてしまったのではないか▼ゲノム編集で難病を治療する。これは理解できるし、期待もある。だが生殖細胞をゲノム編集で改変できるとなれば、人はいずれ、ある欲求を抑えられなくなるだろう。ゲノム編集で生まれてくるわが子を頭脳優秀で運動能力も高く美しい子に。デザイナーベビーである▼誰もが自分の能力や姿に不満があろう。がまんしているのは神様が決めたことだからである。それを人が書き換える。その神の扉の先に待つのは優良な遺伝子だけが生存すべきだという優生学的思想と差別ではないか。科学的にもっともらしいあの映画の世界である。

ガタカ - 予告編


 
 

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今日の筆洗

2019年01月22日 | Weblog

 仙人がある酒館に行くと主人が酒を気前よく出してくれた。しかも、お代を取らない。仙人はその後もたびたび訪れては酒をごちそうになっていた▼数年後、仙人が「酒代もだいぶたまったでしょう。今日は少し払いましょう」と言い、何を思ったか、店の壁に橘(たちばな)の皮で鶴の絵を描いた。この黄色い鶴、不思議なことに客が歌うと壁から抜け出て舞う。おかげで店は繁盛し、主人は楼を建て「黄鶴楼(こうかくろう)」と命名した。中国の伝説である▼落語ファンならば「ねずみ」を思い出すか。宿賃に困った名工、左甚五郎が借金のかたにネズミを彫る。このネズミが生きているかのように動き回る。その人気で宿屋に客が殺到する▼東京湾近くの防潮扉に描かれたネズミの絵。こっちのネズミは甚五郎作とは異なり、ぴくりとも動かぬが、世間の方は「大山鳴動」である。何でも世界的に有名な正体不明のアーティスト、バンクシーの作品である可能性があるそうだ▼本物なら東京都は甚五郎作を無料でいただいたことになるのか。あわてて扉を取り外し、大切に保管したらしい▼バンクシー側は真偽を明らかにしていないが、かつてオークションで落札された自分の作品をシュレッダーで切断するなど、カネの世に背を向ける人とお見受けする。何年間も放置されていた「落書き」を一転、お宝とあがめる世の中を冷ややかに見ている気がする。

 
 

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今日の筆洗

2019年01月19日 | Weblog

 シェークスピアは『ハムレット』で書いている。<神がひとつの顔をお与えになり、人がこれを別の顔にする>。天与の才は人それぞれ。大切なのはどう生かすか。そんなふうに読める▼権藤博さん。飛び抜けた才能を授かった野球人だろう。投手としての才能を使い果たした後に、人間くささを感じる別の顔で輝いた人にも思える。先日、八十歳で野球殿堂入りした▼「権藤、権藤、雨、権藤」の言葉を生んだ現役時代の記録をながめてあらためて驚く。昼に先発した後、夜の二試合目で救援したり、中二日で連続完投勝利を飾ったり。当時の記事によれば、速球も変化球も絶品だった。プロ一、二年目の計65勝。伝説的な数字だろう▼肩の酷使で投げられなくなり、実際に光り輝いたのは、二年間しかない。<地獄の中でもがき苦しんだ経験があるから、人の痛みにも気付けるようになった>(著書『教えない教え』)。指導者としては、長い下積みも経験した▼選手側に立った指導は徹底している。コーチ時代に、監督とぶつかったこともある。酷使を避けつつ、投手に戦う姿勢を植えつけた。監督として、投手分業制を確立した横浜(現DeNA)を日本一に導いている▼球界で分業制は確立された。多くの投手に慈雨となった人だろう。太く短い現役時代と味のある指導者ぶりでファンも潤してくれた人の殿堂入りである。

 
 

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今日の筆洗

2019年01月18日 | Weblog

 江戸幕府の老中、田沼意次(おきつぐ)は将軍の不興を買って失脚したのちに、神仏にあてた「上奏文」を書いて、身の潔白を誓っている。<あえてご不審をこうむるべきこと、身に覚えなし>。藤田覚著『田沼意次』などに学んだ▼賄賂好きの腐敗政治家の代名詞として長く語られてきた。半面、悪評は後世の脚色であって、清廉な人物だったとする見方や研究がある。実像を描くには意次本人が書いたものが少ないそうだが、家名に関わる問題で評価が揺れると分かっていれば、神仏以外にも言葉を尽くしただろうか▼「捜査に全面協力することを通じて潔白を証明していく」。日本オリンピック委員会の竹田恒和(つねかず)会長である。東京五輪招致を巡り再燃した贈賄疑惑について先日、記者会見した。身の潔白を主張したのはいい。質問を受けず、約七分で切り上げたのはどういうことか▼潔白と言われても、説得力に欠けていよう。捜査は長期化する可能性もあるという。五輪本番まで一年半でのイメージダウンだ。フランス当局の捜査を考慮したそうだが、言葉を尽くし、疑問に答えるところではなかったか▼招致のために二億円超が海外の会社に支払われていて、一部に賄賂の疑いがあるらしい。その高額の意味も知りたい▼家名ならぬ日本の名誉に関わる問題である。不審が晴れず、悪評が残る中で開幕を迎える事態にならなければいい。

 
 

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今日の筆洗

2019年01月17日 | Weblog

 古今集にある春の歌である。<ことならば咲かずやはあらぬ桜花(さくらばな)見る我(われ)さへに静心(しづごころ)なし>紀貫之。散ってしまうなら、いっそ咲かなければいいのに、なまじ咲くから心が乱れるではないか▼花の盛りの美しさと散る寂しさは、いつの世も表裏一体であろう。遅咲きの鮮やかな大輪で、人を大いに楽しませ、その見事な咲き方ゆえに、散る切なさを多くの人の心にもたらした。そんな横綱ではなかったか。稀勢の里関が昨日、引退を表明した▼二年前の興奮が忘れられない。十九年ぶりの日本出身の横綱誕生である。正攻法の取り口もいちずさを感じさせる土俵への向き合い方も、待ち望んできた横綱の姿に思えた▼周囲が寄せる期待と自身の使命感の大きさは、おそらく短命に終わった理由の一つだろう。角界の顔に、けがをした体をじっくり回復させるだけの余裕はなかったはずだ。横綱にならなければ、長く相撲を取る道もあっただろう▼休場明けで、もがき苦しむ姿は、決して美しくはなかったが、切なくも懸命なところ。この人らしい散り際を思わせた▼天皇賜杯が忘れられないと話した。他の競技にも賜杯はあるが、優勝して「抱く」と言うのは大相撲の力士だけだろう。太い腕とたっぷりした胸、優しさがにじむ顔立ち。抱く姿がもっとも似合った力士ではないか。その強さ、切なくも奮闘した姿とともに忘れられない。

[大相撲2018秋 7日目] 稀勢の里 対 千代の国

 

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今日の筆洗

2019年01月16日 | Weblog
2019年1月16日

 

 「寒いだろうなあ」。吹雪の中に姿を消した脱走兵の身の上を心配する女の短いせりふ。だが、その女優が口にすると本物の吹雪に巻き込まれたようなぞっとする効果があった。「私はしばらくあっけにとられてしまったものである」▼一九六四年、作家の安部公房は一人の女優についてそう書いた。「彼女は自分で光りだす。ぼうっと妖しく内側から乳色の光をあふれさせる、不思議な発光体なのだ」。乳色の光が遠ざかっていく。その女優、市原悦子さんが亡くなった。八十二歳。振り払おうとしても見る者の心にとどまる強い役者であった▼独特な声や口調を思い出し、「寒いだろうなあ」と頭の中で再生してみる。横なぐりの吹雪が浮かんでくるのである▼演じることについてこう書いている。「悪人と善人というのはない。人には美しい瞬間と醜い瞬間があるだけだ」。人を悪人か善人かで割り切らない。人は両方を抱え生きている。その複雑さと悲しさを意識していた。だから、その演技は深く、人間の臭いがした▼こだわりの人でもある。井上ひさしさんの台本が遅れに遅れた。初日は明日。「最後までどういう筋かわからないのにどう演(や)るんですか。一週間稽古がなかったらやりません」▼井上さんの初日を一週間延期させた女優はこの人だけという。才に加えた研究と稽古。それが「発光体」の正体だったのだろう。

 

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