天然痘(疱瘡(ほうそう))は紀元前から死にも至る病として恐れられ、長く予防法もなかった。人は神に祈った▼インドでは、ヒンズー教の天然痘の女神シタラ・マタ。ロバにまたがり、宝石、ほうき、不死の水を満たしたつぼを持つ。拝むと、発疹の痛みから逃れられるとされた▼日本でも疱瘡神が病をもたらすと信じられ、神社にまつられた。鹿児島県薩摩川内市では、流行時にそれがひどくならぬようにと舞った疱瘡踊が伝わる。病の神を踊りで歓待して機嫌をとり、早く他へ行ってもらおうとしたという▼予防法の発見は十八世紀末。世界保健機関(WHO)は一九六〇年代、予防接種などによる天然痘根絶作戦を本格的に始め、八〇年に根絶を宣言した。WHOで対策本部長などを務めたのが医師、蟻田(ありた)功さん。訃報に接した▼先のインドの女神の話も、根絶のため世界を歩いた蟻田さんの著書に教わった。バングラデシュでは戦乱で根絶作戦中断を強いられた。状況が落ち着き、周辺に逃れた人々が戻ると再流行した。アフリカでは同僚がゲリラ兵に捕まったり、マラリアに苦しんだり。七十三カ国から集まった六百八十人のWHOの仲間と苦楽を共にしたという▼世界には憎しみ、差別、宗教や政治の違いなどあるが、目的があればそれらを超え協力しあえると著書にある。神ならぬ人間も捨てたものじゃない、ということだろう。
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