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今日の筆洗

2019年10月09日 | Weblog
  脚本で確認する。「客席 茂吉老人と周吉夫婦-茂吉は耳に手屏風(てびょうぶ)をして一心に見てゐる。舞台から聞こえる某優の名調子…」。小津安二郎監督「麦秋」(一九五一年)である▼歌舞伎座の客席を移動撮影している。わずか二十数秒。さほど意味のある場面とは思えぬが、撮影した日が忘れられず、夢にまで見たという。亡くなった撮影監督の川又昂さんである。九十三歳▼「青春残酷物語」「砂の器」「黒い雨」。味のある映像が思い浮かぶ。日本の四季の空気や匂いまでをフィルムに閉じ込めることができた方だろう▼「麦秋」には撮影助手として加わった。小津監督は「画の構図が崩れる」と車にカメラを据える移動撮影を嫌い、どうしても必要な場合は動きにムラがないよう徹底的にこだわる▼川又さんが花道を移動する車を押すが、監督はなかなかOKを出さない。やり直しに次ぐやり直し。食事もできず、パンをほおばりながら車を押すとカミナリが落ちた。「侍の子は腹が減ってもひもじうない!」(『キャメラを振り回した男 撮影監督・川又昂の仕事』)。些細(ささい)なシーンにも一切妥協しない小津監督の情熱がその人に受け継がれた▼戦争中で映画の道に進むことに誰もが反対したそうだ。「一回限りの人生だから、好きなことをおやりなさい」。お母さんだけが背中を押した。映画ファンはお母さんにも感謝する。