TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「山一族と海一族」17

2016年09月16日 | T.B.1998年

 生け贄が出立する日を、一族の者は知らない。

 知っているのは、上の者だけ。

 生け贄として選ばれた者は、

 皆に知られることなく、村を出立し。

 儀式は

 何ごともなかったかのように、

 終わる。


 マユリが、いつのまにか姿を消す。

 最後に姿を見たのは、……何日前だったか。

 カオリとマユリが姿を消して、ずいぶんと日が経っている。


 メグミが云う。

「禊ぎに入ったんだわ」

「救う手立ては?」
「救う手立てですって?」

 メグミは首を振る。

「もし」

 アキラが呟く。

「もし、この、今の災いが天災ではなく」

「…………?」

「人災なら?」

「人災、ですって?」

 メグミは、アキラを見る。

「雨ばかりが降り、山が崩れていくことが人災!?」
「それは時期的なものだと、俺は思う」

「獣たちが、謎の死を遂げていることは!?」
「謎の死じゃない」
 アキラは云う。
「人によって、あれらは殺されている」
「証拠があるとでも云うの!」

「毒だ」

 アキラは思い出すように云う。

「マユリが、俺の血や獣の血を調べた」
「マユリが? いつのまに?」
「血に、毒が混じっていた、と」
「…………」
「毒によって苦しみ、凶暴化し、死に至っている」
「その毒を、何者かが故意に与えたと!?」
「そうとしか考えられない」

「……獣だけじゃないわ」

 メグミは云う。

「一族の者も、謎の病にかかっている者もいる!」

「それも毒だ」

「毒に犯された獣を食べたのなら、なおさら」

「まさか……」

「人災だ」

 アキラは云う。

「人災なら、生け贄を出しても、何の解決にもならない」

「…………」

「マユリもカオリも、助かる」

「でも、カオリは、もう」

 アキラは外を見る。

 小雨。

 メグミも外を見る。

「そう云えばあんたの鳥も、ずいぶんと村に帰っていないようだけど」
「そうだな」

 アキラが云う。

「……もうすぐ帰ってくる」

「…………?」

「俺の鳥も。マユリもカオリも」



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「山一族と海一族」16

2016年09月09日 | T.B.1998年

 山一族の村から、ずいぶん山を下ったところ。

 海一族の村から、ずいぶん山を登ったところ。

 そこは、両一族の中間地帯。

 深い森。
 道はない。

 高く生い茂った木々で、昼間でも光は少ない。

 水辺に住むどの一族も、ここに立ち入ることは、ない。
 立ち入れる状態でもない。

 日が沈み

 どこからともなく、人が現れる。

 山から下りてきた数人。
 海から登ってきた数人。

 彼らは布を深くかぶり、顔が見えない。

 一定の距離で立ち止まると、そのまま、話し出す。

「数十年ぶりだ」

 誰かが云う。

「災いが起こりはじめた。また、このときがやってきた」

「山は荒れ」
「海は汚れ」
「命が奪われ」
「すべてを失う」

「けれども、いつもと同じように」
「災いを払うには、いつもと同じように」

 一方の集団が云う。

「期限はあとひと月を切った」
「そちらの準備は出来ているのか」
「まさか」
「逃げ出してはいないだろうな」

「とんでもない」

 もう一方の集団が答える。

「逃げ出すなどと、そんな」
「云われもないことを」
「生け贄は、すでに準備に入っている」
「身を清め。日々、祈りを捧げている」

「それならば、よい。何も問題はない」

 集団をとりまとめるように、云う。

「ひとりの犠牲で、我ら両一族が救われる」
「今は、それしか手立てがない」

「して、その生け贄の名は」

 投げかけられた問いに、一方の集団が答える。

「名は、カオリ」

「文でも、伝えたとおり」

 その言葉に、もう一方の集団は確認するかのように、頷く。

「それでは、約束の日に」
「ひと月後、そのときに」

 彼らは杯を掲げる。

「その尊い犠牲に敬意を」

 そして

 何ごともなかったかのように、彼らは背を向け歩き出す。

 自分たちの暮らす場所へ。

 山を登る。

 もう一方の集団の足音が遠くなり、やがて、消える。

「大丈夫でしょうか」

 顔を覆う布を取り、ひとりが云う。

「生け贄が当初とは違うこと。あちらに伝えなくても」

「黙れ」

 制するように、別の者が云う。

「誰だっていいのだ」
「そう」

 また、別の者が云う。

「犠牲になるのは誰でもいい」

「…………」

「生け贄を出せば、それですむのだから」



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「海一族と山一族」14

2016年09月06日 | T.B.1998年

「あらら」

ハルカが海面を眺める。

「この辺りはダメね。
 今日は引き返しましょう」

立ち上がると、
舟を漕ぐソウタに言う。

はぁ、と
同じく海面を覗き込み
彼もため息をつく。

「ここ最近、多いな」


「どうした事だ?」

いつもより早い時間に
港に戻ってくる舟の多さに
ミツグは声を掛ける。

「ああ、ほら見てみろ
 数日は休漁だ」

指さされた海面が
赤く濁っている。

「……赤潮」

「あれがくると
 休みが増えるよ」

いやいや、と
違うだろとミツグは笑う。

「たまには網の補修をしたらどうだ。
 相方頼みにしていたら
 そのうち愛想を尽かされるぞ」
「言うなってそれは」

そうやって、暫く雑談をした後
ミツグはその場を離れる。

「回数が増えている」

ぽつりと静かに呟く。

赤潮は
珍しい事ではあるが
希に起こる事。

「まだ」

まだ、村人は気付いていない。
それを含め
あちらこちらで
小さい異変が起きている。

ある水場が汚れている事。
一つの井戸が涸れた事。
野菜の不作がにわかに起こっている事。

一つだけならば
今回はそういう物かもしれないと
思うだけに留まる。

そんな事。

「早く、異変を鎮めなければ」

沢山の異変が繋がっていると
村人が気付くその前に。


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「山一族と海一族」15

2016年09月02日 | T.B.1998年

 山一族の村から、そう遠くない場所。

 少し高さのある川がある。

 この川は、
 山一族の村より、さらに山奥より湧き出ている。

 普段、汚れのない水源は、先日の雨で少し濁っている。

 ここから水流は増え、海一族の住む、村へと続く。

 そこに、

 一羽の鳥が降り立つ。

 川を見る。
 待つ。

「どうだ?」

 しばらくして、山一族がやって来る。

 姿を現したのは、アキラ。

「やっぱり、ここにたどり着くのか」

 鳥は、アキラを見て、川を見る。

「川……」

 アキラの異母妹、カオリを探し出すために、飛ばした鳥。

 何度、飛ばしても、たどり着くのはこの川だ。
 鳥は、その場から動かない。

 アキラは、川をのぞき込む。

 濁った水が、流れる。

「おい。まさか、川に入るつもりじゃないだろうな」

 後ろからの声に、アキラは振り返る。

 そこに、ナオトがいる。

「濁っているし、流れも速い。やめておけ」

 ナオトは、近くの岩に腰掛ける。
 アキラは川を見る。

「お前の鳥、どうしたんだ?」

 ナオトが訊く。

「それ、メグミ様の鳥だよな」

「俺の鳥は、今はいない」

「飛ばしたのか」
「ああ」
「海に?」

 アキラは答えない。

「どうしたものか」

 ナオトが云う。

「カオリを見つけたとしても、生け贄として死ぬだけ」
「……ああ」
「見つけなければ、……」

 ナオトは、ちらりとアキラを見る。

「なあ。生け贄が再度選ばれたんだと」
「…………」
「知っていたか?」
「知ってる」

「マユリが、」

「知ってる」

 アキラは、背を向けたまま、答える。

「どうする?」

 ナオト=イ=ミヤは訊く。

「俺は、お前に手を貸してやるよ」

 アキラ=ロ=フタミに、云う。

「カオリ=ロ=フタミか、マユリ=ロ=ハラか」

「選べと云うのか」

「選ぶしかない」

 ナオトは云う。

「お前にとっては、どちらも身内だ」
「…………」
「だが、山一族はどちらかを生け贄にするしかない」

「……だろうか」

「……? 何だ?」

「果たして、本当にそうだろうか?」

 アキラは、ナオトを見る。

 そして

 目線を変える。

 ナオトは、アキラの視線を追う。

 川。

 そこに

 獣の死骸が、漂っていた。



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