TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「山一族と海一族」16

2016年09月09日 | T.B.1998年

 山一族の村から、ずいぶん山を下ったところ。

 海一族の村から、ずいぶん山を登ったところ。

 そこは、両一族の中間地帯。

 深い森。
 道はない。

 高く生い茂った木々で、昼間でも光は少ない。

 水辺に住むどの一族も、ここに立ち入ることは、ない。
 立ち入れる状態でもない。

 日が沈み

 どこからともなく、人が現れる。

 山から下りてきた数人。
 海から登ってきた数人。

 彼らは布を深くかぶり、顔が見えない。

 一定の距離で立ち止まると、そのまま、話し出す。

「数十年ぶりだ」

 誰かが云う。

「災いが起こりはじめた。また、このときがやってきた」

「山は荒れ」
「海は汚れ」
「命が奪われ」
「すべてを失う」

「けれども、いつもと同じように」
「災いを払うには、いつもと同じように」

 一方の集団が云う。

「期限はあとひと月を切った」
「そちらの準備は出来ているのか」
「まさか」
「逃げ出してはいないだろうな」

「とんでもない」

 もう一方の集団が答える。

「逃げ出すなどと、そんな」
「云われもないことを」
「生け贄は、すでに準備に入っている」
「身を清め。日々、祈りを捧げている」

「それならば、よい。何も問題はない」

 集団をとりまとめるように、云う。

「ひとりの犠牲で、我ら両一族が救われる」
「今は、それしか手立てがない」

「して、その生け贄の名は」

 投げかけられた問いに、一方の集団が答える。

「名は、カオリ」

「文でも、伝えたとおり」

 その言葉に、もう一方の集団は確認するかのように、頷く。

「それでは、約束の日に」
「ひと月後、そのときに」

 彼らは杯を掲げる。

「その尊い犠牲に敬意を」

 そして

 何ごともなかったかのように、彼らは背を向け歩き出す。

 自分たちの暮らす場所へ。

 山を登る。

 もう一方の集団の足音が遠くなり、やがて、消える。

「大丈夫でしょうか」

 顔を覆う布を取り、ひとりが云う。

「生け贄が当初とは違うこと。あちらに伝えなくても」

「黙れ」

 制するように、別の者が云う。

「誰だっていいのだ」
「そう」

 また、別の者が云う。

「犠牲になるのは誰でもいい」

「…………」

「生け贄を出せば、それですむのだから」



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