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「成院とあの人」8

2014年07月01日 | T.B.1999年

気が付くと諜報員だという西一族の青年が
成院を見下ろしている。

「起きたか?」

とっさに起き上がろうとするが、辺りが揺れている感覚に襲われる。

「落ち着け、ここは舟の上だ」

湖にいるのだと気が付く。
揺れていたのは波だったのか。

まだ、どこか体が重く
上手く動ける自信がない。

完全に成院が不利な状況だ。
このまま湖に沈められるのだろうか、と、唇を噛みしめる。

何もできないまま。このまま。

「降りろ」

とん、と小さな衝撃で舟が止まる。
舟は岸部に着いている。

「え?」

「東一族の土地だろう、ここは」

成院は辺りを見回す。
東一族は元々水辺には近寄らない。
でも、遠くに見える高台に見慣れた病院が見える。

西一族の青年は懐から小さな瓶を取り出し言う。

「これはお前が望む薬だ。
 1人分だから、大事にしろよ」

成院は耳を疑う。
殺されないどころか、薬を渡され、
そして、東一族の村まで送り届けられている。

「本物か?」

「疑うのならば使わなければいいだけだ」

「なんで?」

うん?と西一族は首をかしげる。

「俺は、諜報員ではあまり強い方じゃない。
 奇襲を掛けるのに向いている」

見た目もこんな、だからな。
と冗談めかして言うが
今成院が彼と対峙しても、成院に勝ち目はないだろう。
言ってくれる、と成院は思う。

「だから、直接の戦闘には向かない。
 お前が最初に躊躇わずに殺そうとしていれば
 多分、その通りになっていた」

だから、と彼は続ける。

「ひとり、東一族を助けてみるのもいい」

西一族は成院が舟から降りると
用が済んだ、とばかりに湖を漕ぎ出す。

「あとはお前が選ぶんだな」

「選ぶ?」

「……そのうち分かるさ」

水辺には1人、成院が残される。



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