その日の仕事を終えて
悟は家路に付く。
広場を抜けて、橋を渡り
南一族の村との村境に近い自分の家。
その家には諜報員の役目を受けてから
越してきた。
もちろん、
村境を超えてやってくる
怪しい者が居ないか見張る意味も込めて。
途中、怒鳴る声が聞こえて
そちらへ足を向ける。
村内部の諍いを治めるのも
1つの役目だ。
「………あいつら、また、か」
その集まりを見つけて
悟はため息をつく。
「役立たずが
随分良い部位を貰っているじゃないか」
「少しは遠慮したらどうだ
狩りに行けないくせに、
貰える物は貰っておこうってか?」
悟よりもわずかに若い
青年達の集団だ。
中心に居る青年は
無言で彼らの言葉を聞いている。
無反応とも言える態度に
青年達は彼が抱えている袋を取り上げる。
「俺達だって狩りでは命がけなんだぜ、
その成果がこんなやつにも行き渡るぐらいなら
捨てた方がましだ」
そうやって、放り投げた袋からは
狩りで得た肉が投げ出される。
「そうだ、こいつ
四本杉の所に置いてこようぜ。
あそこは山一族に追われた獲物が
逃げてくる穴場らしいからな」
歩み寄ろうとしていた悟は
その言葉に思わず足を止める。
「狩りが出来たら
あそこほど良い場所はないんだけど
出来ないやつは大変だな」
「むしろ、山一族が来るかもしれないな」
「他の一族だったら
助けて貰えるかもしれないが
西一族に生まれたばっかりに
かわいそうにな~」
そのうち1人が
土にまみれた肉を
踏みつけようとしており
これ以上は、と悟は声をかける。
「おい、お前達
何しているんだ!!」
「あ、悟さん」
「だって、こいつ
狩りにも参加していないのに
良い肉を貰っているんだぜ」
「狩りに参加したのはお前達だけじゃないだろう。
皆の成果を足蹴にするつもりか」
語気を強めた悟に
渋々と言った態度を向けながら
彼らはその場を離れる。
「圭(けい)、大丈夫か?」
1人残された青年に
悟は声をかける。
「大丈夫。
……助かった」
助けて貰うのは本意じゃない。
惨めな所を見られて悔しい、と、
そんな想いが伝わってくるが
圭はそれでも礼の言葉を告げる。
西一族は狩りの一族。
若者が中心となって
狩りを行う。
だが、狩りの一族とはいえ
全ての者が狩りに精通しているというわけではない。
得手不得手があるなかで
狩り以外の役目を見つけることで
彼らはそれぞれに地位を築いていく。
だが、体が弱いせいで
何も出来ない、
他の手段を選べない圭を
悟は不憫に思う。
「なぁ、圭」
悟は言う。
「もう少し、抱えている物を
切り捨てたらどうだ?」
何を、とは言わない。
圭も聞かない。
ただ少し表情を変える。
「捨てるというのは
言い方が悪いか?」
悟は、西一族である以上は
同じ村の仲間だと思っている。
そんな仲間達の日々の生活のために
悟は他の村への諜報という危険な仕事に身を置いている。
「全て自分で背負う必要は無いだろう。
嫌ならば嫌というべきだし
誰かに頼ってみてもいい」
「………」
お節介だっただろうか、と
悟は言葉を止める。
「嫌ではないんだ、
ただ、力不足なんだ、俺の」
圭は、悟に視線を向ける。
「だから、
何かあったら、声をかけるよ」
肉を拾い上げ
土を払う圭を見ながら
悟は先程の事を思い出す。
青年達が自分たちの狩りの穴場を
いとも簡単に口にしていたという事。
普通ならば、他人には秘密にしておきたい事。
圭が狩りに行けないこと。
自分たちよりも力が無いからと
見下している事による油断。
「……ああ」
なるほど、そう言う意味では
彼のような人は
内部を探るにはちょうど良い。
「悟、どうかしたのか?」
黙り込んだ悟に
今度は圭が問いかける。
「いや、なんでもない」
圭を見送りながら、悟は考える。
もし、自分が選ぶ立場なのだとしたら
彼にその役目をさせるというのは酷だな、と
村での立場が無く
力も無く負い目ばかりの圭に
何をさせるというのだろう。
だけど、きっと
村を守りまとめるという立場に立つべき人は
そういう選択が出来なければならない。
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