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「涼と誠治」8

2016年07月08日 | T.B.2019年

 涼は、病院へと向かう。

 診察室に入る。
 先に、中にいた医者が顔を上げる。
 涼と、目が合う。

 医者は、診療簿に目を通す。

 再度、顔を上げ、彼を見る。

「今日は、あなたの担当医が不在だから、私が担当するわ」

 診察室には、ふたりしかいない。

 涼は、立ったまま、手を合わせる。
 会釈をする。

「坐って」
 医者に云われ、涼は坐る。
「久しぶりね」
 涼が頷く。
「私とも久しぶりだけど、どうも、診察も久しぶりみたいね」

 医者は、診療簿を見る。

「はじめにも云ったけれど、ちゃんと病院には通って」
 涼は何も云わない。
「返事は?」
「……何も悪いところは」
「あなたには、悪いところがあるの」
 さらに
「狩りに出る者は、定期的な予防接種も必要。特にあなたは、」
 涼は首を振る。
「それ、身体に合わない」
「多少の副作用は仕方ない。死ぬよりかはね」

 医者が云う。

「それで、身体の調子はどう?」
「何も悪いところは」
「神経が痛むのでしょう?」
「…………」
「目は?」
「……変わらない」
「悪くなってるのね」

 医者は、診療簿を書く。

「薬を飲んで。一月後には再診よ」
「…………」
「返事は?」
「判りました」

 医者は頷く。

「お大事にどうぞ」

 そう、診療簿を閉じる。

「じゃあ」

 涼を見る。

「ここからは、違う話」

「違う話?」
「ねえ。村長に何か云われなかった?」
「……村長に?」

 医者は、ただ、涼を見る。

「うちの、娘なの」
「何が?」
「あなたの、結婚相手」
「…………」

 医者の視線に、涼は、目をそらす。

「山一族のことも慌ただしいけれど」
 医者が云う。
「それよりも、村長にとって大事なことだった」
「大事なこと?」
「あなたを手放すことよ」

 話が判らない、と、涼は首を振る。

「あなたは、先の狩りで責任を問われ、東へと赴く」
「…………」
「村長はそれを望んでいない。でも、村人への体裁がある」
 涼は、何も云わない。
「だから、あなたを逃さないために、……うちの娘が、あなたの人質となる」
 医者が云う。
「もし、あなたがあの子を置いて、西を出て行くのなら」
 医者は、手を握りしめる。
「あの子はきっと、殺されてしまうわ」

「まさか」

「いいえ。現実となる」

 医者は首を振る。

「昔、この西に、東一族の女性がいたの」
「東の女性が?」
「今の村長は、その女性でさえ、殺すよう指示を出したのよ」

 医者が云う。

「判る? 村長は賢く、怖ろしい」
「…………」
「あなたは、きっと、婚姻を望んでないのよね?」

 涼は答えない。

「でも、……お願い」

 医者は、頭を下げる。

「どうか、あの子を置いていかないで」



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