TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「悟と諜報員」7

2015年12月15日 | T.B.2000年

「あ、悟さん」

病院を出た所で
悟は透と出くわす。
医師見習い稔の弟だ。

「ちょうど良かった。
 この前の話なんですけど」
「この前?」
「稔に俺の事聞いていたんでしょう?」

悟は一瞬身構える。
彼もまた、諜報員かもしれないのだった。

「北一族のおすすめのお土産は」
「あぁ、」

内心安堵の息を吐く。
そう言えば、そんな話で誤魔化したのだった。

一通り話した後、
でも、意外だったな、と
透が呟く。

「悟さんもそんな事で
 悩んだりするんだ」
「そういうお前はどうなんだ、
 もうすぐ結婚するんだろ」

まぁ、おめでとうな、と言うと
透は慌て始める。

「うわぁ、誰から聞いたんですか
 あ、稔か」

うーん、と唸る透に悟は笑う。

「なんだ、秘密だったのか?」
「そうじゃないですけど、
 あいつ、すぐ喋るから」
「いいじゃないか
 弟の結婚が嬉しいんだろ」

確か、この兄弟の父親は
彼らが幼い頃に狩りで命を落としているらしい。
稔は、透の兄であり父親でもあるのだろう。

「文句なら口の軽い稔に言っておけ」
「出来たら良いけど、
 俺、稔には敵わないんですよね」

頭が上がらないという事か。

「ケンカだって、多分勝てないし」
「そうなのか」

それこそ意外だな、と悟は笑う。

「この歳になって本気のケンカとかしないですけど
 小さい頃は絶対敵わなかったですよ」
「ふぅん」

狩りの腕とケンカの腕は
また違うのだろうか。

あれ?と
そこで悟は思い立つ。

「稔って狩りに出たことがあったか?」
「あんまり無いんじゃないかな」

その分、俺が頑張っています、と
透は胸を張る。

「狩りに出ない、って
 何でだったっけ?」

ええ?と
心底不思議そうに透が答える。

「だって、稔は
 医師見習いでしょう?」

悟は背筋に冷たい物を感じる。

ちがう、逆だ。

いつしか西一族には
運動の得意な物は狩りで功績を挙げ
そうでない者は医師などの専門職になる
という事が常識になって居た。

だから、

医師になる者は
狩りが出来ない、腕前が無い者と
勝手に思い込んでいただけ

おそらく、村人の全てが。

悟の考えはきっと途中まで合っていた。
一番の情報が集まる所は病院に間違い無い。

順番を待つ患者と話しながら
待合室で問診をしていたのは誰だ。
そして、足が悪い高子の代わりに
村中を往診するのは誰だ。

そして、彼は
本当に、狩りの、戦いの腕が無いのだろうか。
それとも。

「あ、稔」

透が声を上げる。
往診に出ていた稔が病院へと戻ってくる。

「透。なんだ、俺はまだ時間がかかるぞ」
「へーい、先に帰っとくよ。
 じゃあ、悟さん、俺はこれで」

「ああ、俺ももう帰るよ」

すれ違いざま、
悟は言う。

「そう言う、事、か」

「……何が?」

おや、と稔が首をかしげるが
なんでもない、と
悟もその場を立ち去る。

「高子先生、戻りました」

医務室に戻った稔に
随分時間がかかったわね、と
高子がため息をつく。

「もう、夕方の薬の時間なんだから
 少し急ぐわよ。
 準備をよろしく」
「はいはい、すみません」

高子が部屋を出ると
稔は1人、薬の準備を続けながら
窓の外を見る。

あぁあ、と
薄く笑いながらため息をつく。

「ばれちゃったかな?」



NEXT

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。