TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「ヨシキとセイコ」1

2016年07月12日 | T.B.1962年

「海に行きたいな」

彼女の言葉に、彼は首をかしげる。

「昨日までのご希望とは
 また随分と違った所に変わるね」
「逆に、よ。
 逆に海に行きたい」
「……どういう心境」
「海が見たい、それだけ」

ふむ、と
彼はペンを置き、冊子を閉じる。

「海ね。
 俺も見たことは無いな」

そうそう、と
彼女が言う。

「案外そう言う人って多いでしょう。
 私は死ぬまでに一度は見てみたいの」

「湖とはどう違うのかな?」
「水がしょっぱいって聞くわ」
「湖見て我慢したら?」
「そう言うノリは良くないと思う」

もう、と
彼女はそっぽを向く。

この部屋からは見えないが
村は湖に面している。

結構大きな物だから
対岸の村は見えない。
見渡す先が水平線なら
話に聞く海とは
そう変わらないように彼は思う。

思うが、
彼女にとっては違うらしい。

「海を見るなら、
 海一族の村に行くしかないな」

湖を囲む八つの一族。

その中では唯一
海一族と呼ばれる一族が
その名の通り海に面した土地で暮らしている。

「海一族の村に行くには
 まず、馬車で南一族の村に行き」
「馬車旅、良いわね」
「少なくともそこで一泊して
 馬車を乗り換えて
 海一族の村に行って」
「ステキじゃない。
 海の品も美味しいらしいわよ」

「セイコ」

ふぅ、と
彼はため息をついて彼女に言う。

「馬車代もさることながら
 旅費に宿泊代、
 旅はお金がかかる」

「……そうね」

「ただでは、旅も出来ないんだよ
分かるかな?」

「あら、厳しい」
「厳しいさ、
 甘やかすだけが男じゃない」

「そう言われたら
 ヨシキは確かに厳しさが足りないわね」

さてと、と
立ち上がった彼に
笑いながら彼女は言う

「期待しているわ、海」


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