辰樹は走る。
水辺へ。
走りながら、宗主の先ほどの言葉を思い出す。
何しろ、秘密が多い天樹だった。
倒れているにしても、誰にでも頼めるわけではないのかもしれない。
だから、
宗主は、わざわざ自分に云いに来たのだ。
先ほどの場所にたどり着く。
水辺に延びる血の痕。
その痕を追う。
誰もいない。
「天樹」
辰樹は声を出す。
「天樹、いるのか!」
辰樹の声だけが響く。
静かな水辺。
辰樹は、水辺のぬかるむ土を踏む。
何かが、水辺へと入った痕跡がある。
大きさからして、……人?
「……いやいや」
しばらく辰樹は水辺を見て回る。
けれども、
何の気配もない。
辰樹は息を吐く。
村へと、戻る。
宗主のいる屋敷へと行く。
そこで、補佐に会う。
「どうした辰樹?」
「宗主様に面会を」
「ああ、宗主様なら」
補佐は、後ろを見る。
そこに、宗主がいる。
「あの、」
辰樹は云う。
「天樹は、……いませんでした」
「いない?」
辰樹は頷く。
補佐が云う。
「なぜだ? いなくなったのか」
「判らない。とにかく、いなかったんだ」
「……そうか」
補佐は、宗主を見る。
と、
宗主は補佐に向けて手を上げる。
補佐が何か云おうとするのを、止める。
「宗主様、」
「…………」
「まだ、探してみます」
宗主が云う。
「これ以上の捜索は不要だ」
「え?」
「無駄なことをするな」
「でも、」
「以後、天樹と云う人物は東にはいない」
「……宗主様」
辰樹は云う。
「天樹を見棄てる、の、ですか」
辰樹は宗主を見る。
「宗主様!」
「辰樹!」
補佐が、辰樹を制止する。
宗主は辰樹に背を向け、歩き出す。
補佐も、それに続く。
辰樹はそれ以上、何も云えない。
そこに、ひとり取り残される。
辰樹は、空を見上げる。
青空。
そして、
木の上に白い花。
いつだったか、天樹と一緒に登った、木だ。
そう、辰樹は思う。
けれども、天樹はいない。
辰樹はひとり、歩き出す。
2017年 東一族の、ある少年の話