TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「成院と晴子」1

2016年05月31日 | T.B.2003年

通りを歩く彼に
村人達が声を掛ける。

「準備はできた?」
「楽しみだね」

やりとりにも慣れたのか
そのたび、彼は立ち止まり
決まり文句の返事を返す。

「予定はいつ?」

との問いかけに
彼は答えを濁す。

「もう、そろそろのはずなのですが」

戸惑いながらの返事に
まぁまぁ、と一人が背中を叩く。

「気長に待っていなよ。
 そうなってしまえば
 あっという間なんだから」
「それからは大変だぞ」
「寝る間もないからな」

笑いながら語る年配の者に
彼は頷く。

村人の輪の中に居る彼に
歩いて来た女性が声を掛ける。

「成院、こんな所に居たの?」

「緑子どうかしたのか?」
「どうか、じゃないわよ、
 はい、これ」

緑子は今まで抱えていた荷物を
成院に手渡す。

「………これは?」

「お古の布よ。
 姉様達が使わなくなった物を
 貰ってきたの」
「こんなに」
「布はどれだけあっても足りないんだから。
 赤子には色々必要なのよ」

「そんなものか?」
「そんなものよ!!」

あぁ、重かった、と
緑子は一息つく。

「晴子に渡してちょうだい」

「会って行かなくていいのか」
「さっきまで話していたの。
 またお邪魔するわ。
 今はあなたが付いていてあげて」

「ありがとう、
 本当に助かるよ、緑子」

布を抱えながら
成院は家路へとつく。

見送る村人達は
思い思いに自分たちの事を重ねる。

「複雑、って感じだったな」
「まぁ男親はそんなものだろう」
「母親と違って、な
 親になる実感が
 まだ湧かないのじゃないか」

一人その輪から離れている緑子は
ぽつりと呟く。

「複雑って、
 それはそうかもね」

婚約者が決められることが多かった
年配の者とは感覚が違うのだろうか。

緑子は首をひねる。

「死んだ弟の恋人が
 今では自分の妻なんだから」



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