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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「戒院と『成院』」2

2019年10月08日 | T.B.1999年

いつの頃からか、
村に病が流行り始める。

初めは喉の渇きから。
それに、続くような目眩、
次第に衰えていく体力。

年齢や性別に関係無く。
家柄や身分にも関係無く。

ああ、病だけは等しく平等に。

そう思いながら
医師見習いの戒院は
患者の対応に追われた。

やがて、
流行病は死に至る病となった。

見知った者を見送った。

不思議だ。
いつまで経っても人の死には慣れない。
彼らはついこの間まで
戒院と談笑して居たはずだ。

「あまり休めていないんじゃないか?」

久しぶりに家に帰ると
双子の兄が声をかけてきた。

「休めていないというより、
 きついな、精神的にくる」

ため息をつきつつ、
机に突っ伏す。

普段は冗談を言いつつ飄々と返す戒院が
珍しく弱音を吐いている。

成院も事態の深刻さを分かっている。
病が村を覆っている。

「晴子も心配していた」
「うーん、会いたい」
「会いに行ったらどうだ?」
「いやあ、今は止めておく。
 着替え取ったら、また戻るし
 もうちょっと落ち着いてから」

「お茶ぐらいは煎れてやるよ」

座っていろ、と成院が言う。

「人手が減っているから、そっちも大変だろ。
 今、砂に攻め込まれたらまずいよなあ」
「そうならないように、
 対策は立てているけど」

成院は武術の腕がある。
そのうち、戦術大師になるのではないかと
戒院は思っている。

今でも村の一大事と言うときには
大師に付き従って動いている。

「砂一族の攻撃ではないのか、これは」

ふと成院が戒院に問いかける。

「いや、獣が持っている菌だよ。
 そこまでは分かったんだけどなぁ、
 どこから入って来たんだろ」

その菌を持っている獣は
この辺りには生息しないはず、なのに。

「そもそも、
 伝染しないはずなんだよ。
 感染した1人で終わるんだけど。
 変異したのかな?」

分からん、と戒院は唸る。

「薬は?」
「無いよ。だからバタバタと人が死んでいる」
「………そうか」
「湖でも越えれば、あるかもしれないけど」

普段から狩りを行い
常に獣と接している山一族や―――西一族であれば。

「感染を広めないこと、
 もうそれ以上に手立ては無いな」

「無理はするなよ」
「お互いにな」

成院から手渡されたお茶を受け取り
戒院は一口すする。

「あー、これ薬草入りのだろ。
 俺苦手だって言ってるのに」

この独特の草の香りが
戒院はあまり得意じゃない。

「体に良いと思ってな」
「そんな経口摂取なんてたかが知れて、
 うえー、苦っ」
「そう言いつつ飲んでるじゃないか」
「そりゃ、折角煎れてくれたからな。
 もう一杯もらおう」
「戒院もこの味の良さが分かったか」
「単純に喉渇いているだけだし」

いや、苦手だっただろう、この味。
思わず戒院は自問する。

今までも、全く手を付けないか
一杯飲み干すのがやっとだったじゃないか。

おかわり、なんて。

喉が、乾いているから思わず。

喉が。

ガタン、と戒院が立ち上がる。

「おい、飲んでいかないのか?」
「病院に戻る」
「もう少しゆっくりしていっても
 大丈夫だろう」
「いや、急ぐ、から」

手早く荷物をまとめて
戒院は家を飛び出す。

どうしたんだ、と
成院が首を捻っているが、
今はそれどころじゃない。

これだけ患者に接していれば
いつか、自分もとは
考えては居たはずなのに。

まさか、とも思う。

嘘だろう、とも。

今から病院に戻って。
検査をして。
それで、ああ、気のせいでした、と
笑い話にすれば良いだけだ。

「あれ、カイ」

今は、それどころじゃ、ないはずなのに。
戒院を『カイ』と呼ぶのは1人しか居ない。

「しばらく会えなかったから
 気になっていたんだ」
「………晴子」

戒院を見つけて
こんなに嬉しそうにしてくれる人が
どれだけ居るだろうか。

「良かった。
 顔だけでも見たかったから」

こちらに歩いてこようとする晴子を
戒院は制する。

「悪い、晴子。
 急いでいるんだ」
「え?そうなの。
 引き留めちゃってごめんね」
「ああ、またな」
「うん。
 お仕事頑張ってね。無理しないで」

「また」

そう言って、戒院はその場を離れる。

また。

病でないと分かれば、
晴子には会える。

「………」

けれど。

分かっている。
一体何人患者を看てきたと思ってるんだ。

「………くそっ」

戒院は引き返す。
家に戻ろうとしている晴子の背中を見つける。

「晴子」
「!?カイ、どうしたの!?」

急いでいたんでしょう、と
驚きながらも
少し嬉しそうな晴子に
距離を保ったまま。

「………」
「カイ?」

もう幼い頃からずっと気になっていて、
それでやっと結ばれて。

「………晴子、あのさ」

本当に、夢が叶ったようだった。



「別れようか、俺達」


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「戒院と『成院』」1

2019年10月01日 | T.B.1999年


「やあ、お目覚めかな」

ふと、声の方を向く。

夢さえも見ない状態を続けていた様な気がする。

見慣れた病室。

自分が患者として横たわる事になろうとは
考えても見なかったが。

「………」

「戒院(かいいん)、分かるか?」

医師の声が聞こえる、が
すぐに意識が遠のく。

今まで患者を看る側であった時に
死を目前にした彼らが
一瞬目を覚ます事が、時折あった。

こういう感覚なのか。

最後に自分を見守る者は居ない。

しかたない。
村に流行った病。
人を遠ざけてくれ、と念願したのは自分だ。

分かっては居たが、
まぁ、少しだけ、寂しくもある。

「……晴子」

最後に顔でも見れたら良かったけれど
自分の死を知ったら
悲しんでくれるだろうか。

これで、自分は終わりなのだろうか。
案外あっけなかったな。と。

「戒院」

急に手を引かれたように、
意識が引き戻される。

「………あれ」
「今度こそ、分かるかい」
「先生………」

「一度目覚めたんだけど
 そこから2日昏睡だったな」

ふむふむ、と
医師が戒院の脈を取る。

「山場は越えたようだ」
「越えた?」

どういうことだろう、と
戒院は首を捻る。

自分が罹患したのは、
決して治ることのない、
死を待つだけの病だったはずだ。

「???」

「とは言え、安心は出来ない。
 まだ安静に過ごすことだ」

おかしい。
何かがおかしい。

更に日が過ぎ、
体を起こすことが出来るようになり
戒院は問いかける。

「何がどうなっているんですか」
「どう、とは」

「倦怠感は残るけれど、
 日に日に体調を持ちなおしている気がする。
 喉の渇きも覚えない」

これではまるで

「病が、治ったかのようだ」
「治っているんだよ。
 倦怠感はおそらく副作用だろうね」
「副作用?薬でも使ったんですか?」
「使ったよ。
 だから君は回復して行っている」

そんな、はずはない、と
戒院はあきれる。

「薬は、存在しないはずだ」

だから今までに何人も犠牲になった。
だから人を遠ざけた。

「冗談もほどほどにしてくれ」
「ならば今の状態を
 どう説明する?」
「………それは」

思わず自分の手を見る。

「本当に?」
「ああ」
「………すごい」

それならば、これから
幾人もの人が助かる。

「きっと、皆よろこぶ」

残念ながら、と医師は渋い顔をする。

「これは今回だけの特例だ。
 奇跡的に薬が手に入った。
 副作用も懸念される。他一族の薬は難しいな」

「他一族だって?」

ああ、と医師は言う。

「君も言っていただろう。
 西一族の村ならば、
 この病の薬があるかもしれない、と」

「………言いましたけれど」

はあ?と戒院は身を乗り出す。

「まさか、西一族の村から!?」
「ああ」
「そんな無謀なこと。
 宗主様は知っているんですか?」
「いいや。
 ばれたらお咎めものだろうね」
「一体誰が、そんな危険な事」

ああ、うん、と
医師は言う。

「成院(せいいん)がね、やり遂げてくれたよ」

「あいつ、」

なんて無理をしたんだ、と
戒院は感嘆とも呆れともとれるため息をつく。

確かに成院ならば、
敵対する西一族の村に忍び込む事も
出来るかもしれない。

「ちぇえ、これからは
 あいつに足を向けて寝られないな」

ですよね、と声をかけると
医師の表情が変わる。

「………」
「せんせい」

戒院は胸騒ぎを覚え、問いかける。
自分の双子の兄の名を。

「成院は、今、どこにいるんです?」

「落ち着いて、聞くように」

医師は前置きをして告げる。

「実は成院も病に冒されていた。
 君と同じ伝染病」

ああ、それでは成院も
この病院のどこかで治療しているのか、と
戒院の淡い期待は破られる。

「そして、彼が取ってきた薬は1人分。
 どういうことだか分かるね」


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「高子と湶」4

2015年01月16日 | T.B.1999年

「あなた、帰るの?」

 大荷物を持つ彼を、彼女は見る。

「ああ、外で会うなんて、めずらしいね」
「え? ……あぁ。そうね」
「仕事は休み?」
「いいえ。今は外回りで、」

 彼女は、彼が向かっていた方向を見る。
 すぐそこに、南一族の村へと向かう馬車乗り場がある。
 馬車乗り場には、彼の家族もいる。

「そう。……南へ帰るのね」
「うん。むこうでの仕事を、いろいろと放り出してきたからな」
「大変ね」
「君もだろ?」

 彼女が呟く。

「身体には気をつけて」
「ありがとう」

 ふと、彼女は近くに腰掛ける。

「もう、馬車は出るのかしら」
「そろそろかな」
「ここで、見送るわ」

 彼が首を傾げる。

「ひょっとして、足、悪い?」

 彼の言葉に、彼女は顔を上げる。

「気付いた?」
「何度が会ってるからね。そんな気がしてて」
「……少しね、痛むのよ」
 彼女が云う。
「だから、狩りに行けなくて、私は役立たず扱い」

 西一族は、狩りへの参加が義務だ。
 だから、
 身体の理由で参加出来なくても、向けられる視線は冷たい。

「昔の話だろう?」
「私のこと、不憫だと思った?」
「うーん」
 彼は少し考える。
「完璧な人なんていないんだな、て、思った」

「どういう意味?」

「いや、知り合いが、君のこと怖い上司だって云ってたから」

「……何それ」

 そう、彼は笑う。
 彼女も、笑う。

「あ。しまった!」

 突然、彼が云う。

「結局、君にお礼をしていなかったな」
「お礼? いつの話よ」
「ほら。羽根を拾ってもらったときの」
「またそれ? 別によかったのに」

 彼女は、再度笑う。

「じゃあ、今度あなたが帰ってきたときに、ちゃんと時間を作るわ」
「そっか、ありがとう」

「まぁ、でも。あなたはもう、帰ってこないんじゃない?」

 彼女は彼を見る。

 西一族でありながら、南一族の村で暮らす。
 経緯は知らないが、他一族への移住は簡単なことではない。

 もし

 いずれ、彼の家族もすべて南へ行くのであれば

 もう

 彼が西一族に戻ってくる理由はない。

「じゃ」
「さようなら」

「あ。そうだ」

 彼は、振り返り、彼女に何かを投げる。
 坐っていた彼女は、それを掴む。

「それ、預けとくから」
「……これ」

 彼女はそれを見て、驚く。

「大事なものなんでしょう?」

「そう。だから、帰って来たときに返してよ」

 彼は手を上げる。

 もう、馬車が出るのだ。

 彼女は、彼に、手をふる。



T.B.2000年 西一族の村にて

「湶と高子」4

2015年01月13日 | T.B.1999年

「あなた、帰るの?」

呼び止められて振り返ると、
彼女が居る。

「あぁ、外で会うなんて珍しいね。
 仕事は休み?」

病院の中でならともかく
日中に村の中で彼女と会うなんて不思議な感じだ
そう、彼は思う。

「いいえ。外回りで。
 ―――ねぇ、帰るの?」

彼は自分の恰好を見る。
大荷物に、付き添いの弟もいくつか荷物を抱えている。
確かにこの格好だとすぐにそれと分かるな、と
彼は苦笑する。

「うん、むこうでの仕事を
 色々と放りだしてきたからな」

彼の祖母が亡くなったのは
つい先日の事。

もともと長くないと言われていた祖母を看取るため
彼は帰ってきていた。
寿命だった。

家族と、医師である彼女に見守られながら
静かに息を引き取った。

元々彼の生活の主体は向こうにある。
だから、葬儀を済ませて、
別れを悲しんだ後、彼が村に残る理由は無い。

2人は少しだけ他愛もない話を続ける。
馬車が出る時間まであと少し。

「身体には気をつけて」

彼女が言い、彼は頷く。
頷きかけて彼は思わず声を上げる。

「あぁ!!」

しまった、と彼がうなる。
「結局、君にお礼をしていなかったな」
「またそれ?
 別に良かったのに」

仕方ないわね、と彼女は笑う。

「―――じゃあ、今度あなたが帰ってきた時に。
 その時はきちんと時間を作るわ」
「そっか、ありがとう」

「まぁ、でも。
 あなたはもう、帰ってこないんじゃない?」

彼女は少し彼をからかいながら言う。
他の村で暮らしているというのは、そういう事だ。

他民族への移住はそんなに簡単な事では無い。
一度移住をしてしまえば、
今回の様によほどのことが無い限りは帰っては来られない。

「うーん」

彼は苦笑いを浮かべる。
彼女には冗談の様に聞こえたのかも知れない。
次の約束も。彼が帰ってくると言うことも。

「―――」

弟が彼を呼ぶ声で二人は振り向く。
少し離れた所にある馬車乗り場から手を振っている。
馬車の時間が近いらしい。

「じゃ」
「さようなら」

そう軽く挨拶を交わすと二人はそれぞれに背を向ける。

「あ、そうだ」

彼は振り返りざまに
ポケットに入っていたものを彼女に投げる。

「それ、預けとくから」

彼女はそれを上手く受け取ると、
掌の物を確認して驚く。

「これ、大事な物なんでしょう?」

彼は手を振る。


「そう、だから
 今度帰って来たときに返してよ」

彼女もまた、手を振り替えしている。
それを見て
彼は馬車乗り場へ向かう。

T.B.2000 西一族の村で

「高子と湶」3

2015年01月09日 | T.B.1999年

 しばらくして。

 彼の祖母が亡くなる。

 何と云う、原因があったわけじゃない。
 十分な年だった。

 彼女はため息をつく。

「ちょっと、出てくるわね」

 見習いに声をかけ、彼女は立ち上がる。

「何かあったら呼んでちょうだい」
「どこへお出かけですか、先生」
「墓地よ」

 彼女が云う。

「先日亡くなった方の、葬儀に」

 彼女は病院を出て、ゆっくりと歩く。
 墓地へと向かう。

 空を見る。
 天気は、よい。

 青空が広がっている。

 彼女はここでも、ため息をつく。

 墓地の中に入り、彼女は葬儀が行われているのを見つける。

 その人だかりの、少し離れたところに彼がいる。
 彼女は、彼に近付く。

 彼も、彼女に気付く。

「ああ、お参りに来てくれたんだ」
「ええ」
「ありがとう」
「……力に、なれなくて」

 彼は首を振る。

「寿命だよ。よく手を尽くしてくれた」

 ふたりは横に並び、参列者を見る。

 村長をはじめ、西一族の大勢が集まっている。
 誰もが、彼の祖母に、お別れをしている。

「南から西に呼び戻されたときから、覚悟はしていたよ」
 彼が云う。
「祖母の最期を看取るために、帰ってきたようなものだから」

 彼の視線の先に、彼の家族がいる。
 父親と母親、それから、弟。

「家族が亡くなると云うのは……」

「うん?」

「…………」

「何?」

「……いえ」

 彼女は首を振る。

「なんでもないわ」

 彼は、彼女をのぞき込む。
 彼女は顔をそむける。

「ごめんなさい。……私、家族がいないから」

 彼女が云う。

「医者の私が思う、哀しい、と。家族が想う、哀しいは、」
「…………」
「きっと、違うんだろうな、て」

 彼女は空を見る。
 それ以上、何も云わない。

「俺が思う哀しいと、弟が思う哀しいも、違うと思う」

 彼は首を振る。

「でも、そんなこと、深く考えることない」

 彼が云う。

「ただ、想ってもらえるだけで、ばあちゃんは仕合せだ」

 彼女は、彼を見る。
 彼は、人だかりにいる、彼の家族を見ている。

「しばらくは、……大変ね」
「うん」
「あなたの家族を、弟を、支えてあげてちょうだい」

「もちろん」

「じゃあ、私。……仕事があるから」

 彼女は歩き出す。

「送っていくよ」

 彼の言葉に、彼女は首を振る。

「外に出たついでに、景色を眺めて行こうかと思ってるから」
 彼女が云う。
「あなたは、葬儀の後も忙しいでしょ」

「大丈夫?」
「大丈夫って、何が?」

 彼女は、少し、笑う。

「じゃあ、また」
「ええ」

 彼が先に歩き出す。
 葬儀の方向へ。

 彼女も歩き出す。
 墓地の外へ。

 ゆっくりと。



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