『知足日記』

『知足』とは、『生かされて、生きている』・『必要な物、必要な経験は与えられている』・『すべて必要。すべて良し』と知ること

【220】自己の中に一切があるのだから、必要なものは与えられる

2005-06-01 21:27:37 | 「白光」の教え
『自己の中に一切があり。一切の中に自己がある。』のです。

自分とは、「神から、分かれた」という意味です。
「自己の中に一切がある」ということは、「自分とは、肉体ではない」と知ることです。「肉体の中に、自分がいる」のではなくて、「自分の中に、肉体がある」と知ることが大切なのです。

宇宙神のみ心の中に、「本当の自分」があるのです。

自分というものを、さかのぼっていきますと、肉体波動から、霊波動、神波動になっていって、宇宙神の中に入ってしまうのです。ですから、宇宙神の中に自分があり、一切があるのです。

人間がこの世に生まれてきて、一番知らなければならないことは、「自分は、宇宙神から分かれて来たものだ」ということです。それを分からないうちは、「本当の幸福」は得られないのです。

「本当の幸福」、「不動の幸福」とは何かというと、「自分は、神さまの中にいるのだし、自分の中に神さまがいるのだ」と分かることなのです。

それを知るために、肉体人間の生活をして、色々な苦しみを体験するのです。
そして、「人間は、肉体ではない」のだと分かってくると、「本当の幸福」がくるのです。

それが分かるまでは、「本当の幸福」はありません。
いつも移り変わっている幸福は、「本当の幸福」ではないのです。

失敗すれば不幸だし、成功すれば幸福と感じるは、「消えてゆく姿の幸福」です。それは「本当の幸福」ではないのです。

「本当の幸福」は、波のあるものではないのです。
その人の心の中に波があるうちは、悟っていないのです。

悟ってしまうと、「波がなくなる」のです。
悟るにしたがって、喜怒哀楽の波が少なくなってくるのです。

悟った人の心の中は、「活き活きとしていて、静か」なのです。

「本当の祈り」とは、すべての自己の運命を、良いも悪いもすべて任せて、「神さま、ありがとうございます」と全託することです。

「自己の中に一切がある」のだから、必要なものはかならず、神さまから与えられます。神さまに投げ出して、与えられないことは決してないのです。

「肉体が、一番大事」ではないのです。(*^_^*)

この体が消えても、霊体も神体もあるのです。微妙な、光そのもの体(からだ)があるのです。ところが、肉体界では、光と業想念が混ざっているので、
把われてしまうのです。業想念は、「消えてゆく姿」なのです。

そして、「世界平和の祈り」に中に入っているうちに、肉体要素が霊要素に変わってきて、肉体を持ったままで、「霊体」と同じようになるのです。

そのようになれば、「肉体」に把われていないのですから、死んでも、す~と、神界に行け、楽なものです。

ですから、一生に一回は「世界平和の祈り」のことを知らせないといけないのです。そうすれば、ある時期になれば、す~と、入って来られるのです。

 【特選五井先生ご法話集テープ009『生命を活かす』】