『ですから次のステップです。「私が語る言葉は、神そのものの言葉であり、
私が発する想念は、神そのものの想念であり、私の表す行為は、神そのものの行為である」。
皆様方が、これから話す言葉は、過去ではなく今です。過去、皆様方はいろいろな言葉を吐いてきました。
私も含めて吐いてきました。
しかし、過去に吐いてきた言葉は浄まっています。
なぜなら、私たちは神事をし尽くしてきたからです。 自分の言葉を浄めてきたからです。
さらに、人類の否定的な言葉を光に変容してきたのです。
さあ、これから皆様方は、リーダーのリーダーのリーダーとして、いよいよ本格的な神そのものに入ってきます。
我即神也の私が語るのです。過去の私、執念深い私、嫉妬深い私、
競争意識の激しい私、負けず嫌いな私、エゴイストの私が語るのではない。
エゴがあると、自分が自分が自分が自分が自分が、・・・・・・と、自分がどれだけと尊いかを示めそうとします。
しかし、よい経歴の私が語るのではない。
凄い力のある私、自分は立派な人間だという私、お金持ちに生まれた私が語るのではない。
あなたと私は、こんなに違うのだという私が語るのではない。
神の私が語るのです。 愛深い私、すべてを赦せる私、光輝く私が語るのです。
その私が語った言葉こそが、未来を創ります。
そして、チャクラを通して、べールに透かし出されるように自分の未来を見ることが出来るようになるのです。
これは、実際にやっているうちにわかってきます。 そこまで、皆様方は来たのです。
自分を褒めてください。本当に褒めなくてはいけません。
自分を愛せない人は、人をも愛せないのです。
自分に誇りを持つということは、・・・・・・自分はよい経歴を持っているのだ、
自分は難しい試験に受かったのだ、自分は立派なのだ。
自分は他より優れているのだという自分でないのです。それは過去の自分です。
競争意識の激しいエゴイスティックな自分です。
ブランドの洋服を着て、「なんて美しいでしょう」と思っている私も、それは神の自分ではない。 過去の自分です。
そのブランドの洋服を着ることによって、「あなたより、私は勝っているのよ」と思うエゴに気持ちです。
もう、それは皆様にはないのです。
でも、ふっと過去を引っ張てたぐり寄せると、あの洋服、あのハンドバック、あの家、
あの資格というものが思い出され、それらを思い出して語る時には、そこに皆様自身の力が入ってしまう。
自分の想いが過去に力を与え、そのため自分はまた嫉妬深くなって、人を責めるのです。
人の欠点を突くのです。そして、自分のエゴが喜ぶ。 これだと、過去に戻っていくのです。
いいですか? ここが難しいところですが、皆様にとっては難しくない、何でもないはずです。
まずは、何かを語る前に、「我即神也の私」と、一瞬、意識すればいいのです。
これには、0コンマ何秒もかかりません。
意識があれば出来ます。でも、無意識なら忘れてしまいます。ですから、呼吸法が大事なのです。
呼吸法でふっと、「私は神の言葉を語る」と思えば、神の語る言葉が、無意識に出てくるのです。
そこには、愛の言葉しかない。光の言葉しかない。相手を励ます言葉しかない。
相手の存在を褒め讃える言葉しかない。調和の言葉、喜びの言葉、健康の言葉しかない。 それしかないでしょう。
過去のものは掴まない。過去に力を与えない。
人類はなぜ不幸なのか。
それは、人類が過去に力を与えているからです。
過去の出来事に力を与えているからです。
過去の否定的な想念に力を与えているからです。
それらに、想いのエネルギーを与えてしまっている。
ですから、私たちは、その人類を代表して浄めたのです。 我々は、浄めたのです。
そのためのご神事を、人類を代表してすべてやってきたのです。』(p12)
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
■この法話を読ませていただいて、「なるほど、そういうことだったのか!」と強く思いました。(^^;ゞ
私が発する想念は、神そのものの想念であり、私の表す行為は、神そのものの行為である」。
皆様方が、これから話す言葉は、過去ではなく今です。過去、皆様方はいろいろな言葉を吐いてきました。
私も含めて吐いてきました。
しかし、過去に吐いてきた言葉は浄まっています。
なぜなら、私たちは神事をし尽くしてきたからです。 自分の言葉を浄めてきたからです。
さらに、人類の否定的な言葉を光に変容してきたのです。
さあ、これから皆様方は、リーダーのリーダーのリーダーとして、いよいよ本格的な神そのものに入ってきます。
我即神也の私が語るのです。過去の私、執念深い私、嫉妬深い私、
競争意識の激しい私、負けず嫌いな私、エゴイストの私が語るのではない。
エゴがあると、自分が自分が自分が自分が自分が、・・・・・・と、自分がどれだけと尊いかを示めそうとします。
しかし、よい経歴の私が語るのではない。
凄い力のある私、自分は立派な人間だという私、お金持ちに生まれた私が語るのではない。
あなたと私は、こんなに違うのだという私が語るのではない。
神の私が語るのです。 愛深い私、すべてを赦せる私、光輝く私が語るのです。
その私が語った言葉こそが、未来を創ります。
そして、チャクラを通して、べールに透かし出されるように自分の未来を見ることが出来るようになるのです。
これは、実際にやっているうちにわかってきます。 そこまで、皆様方は来たのです。
自分を褒めてください。本当に褒めなくてはいけません。
自分を愛せない人は、人をも愛せないのです。
自分に誇りを持つということは、・・・・・・自分はよい経歴を持っているのだ、
自分は難しい試験に受かったのだ、自分は立派なのだ。
自分は他より優れているのだという自分でないのです。それは過去の自分です。
競争意識の激しいエゴイスティックな自分です。
ブランドの洋服を着て、「なんて美しいでしょう」と思っている私も、それは神の自分ではない。 過去の自分です。
そのブランドの洋服を着ることによって、「あなたより、私は勝っているのよ」と思うエゴに気持ちです。
もう、それは皆様にはないのです。
でも、ふっと過去を引っ張てたぐり寄せると、あの洋服、あのハンドバック、あの家、
あの資格というものが思い出され、それらを思い出して語る時には、そこに皆様自身の力が入ってしまう。
自分の想いが過去に力を与え、そのため自分はまた嫉妬深くなって、人を責めるのです。
人の欠点を突くのです。そして、自分のエゴが喜ぶ。 これだと、過去に戻っていくのです。
いいですか? ここが難しいところですが、皆様にとっては難しくない、何でもないはずです。
まずは、何かを語る前に、「我即神也の私」と、一瞬、意識すればいいのです。
これには、0コンマ何秒もかかりません。
意識があれば出来ます。でも、無意識なら忘れてしまいます。ですから、呼吸法が大事なのです。
呼吸法でふっと、「私は神の言葉を語る」と思えば、神の語る言葉が、無意識に出てくるのです。
そこには、愛の言葉しかない。光の言葉しかない。相手を励ます言葉しかない。
相手の存在を褒め讃える言葉しかない。調和の言葉、喜びの言葉、健康の言葉しかない。 それしかないでしょう。
過去のものは掴まない。過去に力を与えない。
人類はなぜ不幸なのか。
それは、人類が過去に力を与えているからです。
過去の出来事に力を与えているからです。
過去の否定的な想念に力を与えているからです。
それらに、想いのエネルギーを与えてしまっている。
ですから、私たちは、その人類を代表して浄めたのです。 我々は、浄めたのです。
そのためのご神事を、人類を代表してすべてやってきたのです。』(p12)
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■この法話を読ませていただいて、「なるほど、そういうことだったのか!」と強く思いました。(^^;ゞ