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倉敷ホーリネスチャーチ

聖書のみ言葉、キリスト教のメッセージ、また旅情報など、テケテケが伝えしています(日本ホーリネス教団)。

【聖書】マルコによる福音書16章1~8節 【説教】「福音を宣べ伝えるように命じられた主イエス」 2025/2/16 倉敷ホーリネスチャーチ

2025年02月16日 | メッセージ
【聖書】マルコによる福音書16章1~8節
【説教】「福音を宣べ伝えるように命じられた主イエス」

中心聖句
15:そして彼らに言われた、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ。

説教要約
主の御名を讃美いたします。 

マルコによる福音書第16 章9~20 節
そして彼らに言われた、「全世界に出て行って、すべての造ら れたものに福音を宣べ伝えよ」。(16:15)

 3 人の女たち(16:1)は、イエスさまがよみがえられたことを 「真白な長い衣を着た若者」(16:5)から聞きますが、恐ろしく なって墓から逃げて来てしまいました。けれども、よみがえら れたイエスさまは最初にマグダラのマリヤに御自身をあらわさ れました。マリヤは人々にイエスさまのよみがえりを伝えます が、信じてもらえません。そのうちの 2 人が歩いていると、そこ へイエスさまはあらわれてくださいました。今度はこの人たち が、イエスさまのよみがえりを他の人々に伝えますが、信じて もらえません。

 最後にイエスさまは 11 人の弟子たちのところに現れてくだ さいました。イエスさまは弟子たちの不信仰をお責めになって から、「福音を宣べ伝えよ」(16:15)と命じられます。失敗の多 かった弟子たちでしたけれども、イエスさまは福音の拡大のた めに、弟子たちを用いられたのです。

 イエスさまは私たちにもまた「福音を宣べ伝えよ」と命じてお られます。ですから私たちは、家族や友人に限らず、「いつも 全力を注いで」(Ⅰコリント 15:58)多くの方にイエスさまのこと を伝えてまいりましょう。

 今週も主に感謝する日々を過ごせるなら幸いですね。

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【聖書】マルコによる福音書16章1~8節 【説教】「よみがえられた主イエス」 2025/2/9 倉敷ホーリネスチャーチ

2025年02月09日 | メッセージ
【聖書】マルコによる福音書16章1~8節
【説教】「よみがえられた主イエス」

中心聖句
6:するとこの若者は言った、「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのであろうが、イエスはよみがえって、ここにはおられない。ごらんなさい、ここがお納めした場所である。

説教要約
主の御名を讃美いたします。 

マルコによる福音書第16 章1~8 節
ところが、目をあげて見ると、石はすでにころがしてあった。こ の石は非常に大きかった。(16:4)

 マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメ(16:1)は、イエ スさまが納められていた墓に行こうとしました。それは、イエス さまに香料を塗るためです。しかし、この 3 人には一つの心配 事がありました。それは墓の入口には石がころがされていたの で(参照 15:46)、その石を動かさなければ、墓の中に入れな いことです。ところが、3人が墓に着いた時には「石はすでにこ ろがしてあった」(16:4)のでした。そして墓の中には「真白な 長い衣を着た若者がすわって」(16:5)いて、「イエスはよみが えって、ここにはおられない。」(16:6)と告げました。

 イエスさ まがよみがえられたことを最初に知ったのは、マグダラのマリ ヤとヤコブの母マリヤとサロメであったのです。 イエスさまがよみがえられたことは、3 度の受難の予告の全 てが真実であったことを証明し、イエスさまが死より勝利された ことをあらわしています。

 私たちの肉眼で見ることはできませんが、イエス・キリストは 今も確かに生きておられ、私たちと共におられます。だから私 たちはどのような中におかれたとしても、主にある平安のうち に歩んでいくことができるのです。

 今週も主に感謝する日々を過ごせるなら幸いですね。

テケテケ
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【聖書】マルコによる福音書15章42~47節 【説教】「主イエスの死を見とどけた人たち」 2025/2/2 倉敷ホーリネスチャーチ

2025年02月02日 | メッセージ
【聖書】マルコによる福音書15章42~47節
【説教】「主イエスの死を見とどけた人たち」

中心聖句
47:マグダラのマリヤとヨセの母マリヤとは、イエスが納められた場所を見とどけた

説教要約
主の御名を讃美いたします。 

マルコによる福音書第15 章42~47 節
マグダラのマリヤとヨセの母マリヤとは、イエスが納められた場 所を見とどけた。(15:47)

 イエスさまが十字架の上で死をとげられたことを目撃してい た人たちがいました。まず、百卒長です。彼は、神殿の幕が裂 けるのを見た後、「まことに、この人は神の子であった」(15: 39)と言い、イエスさまを神の子と認めたのでした。次に、マグ ダラのマリヤ、小ヤコブとヨセとの母マリヤ、サロメ、そして多く の女たちです。男性が優位な時代にあったにも関わらず、女 性の名が記されています。そして、アリマタヤのヨセフです。 彼は地位の高い議員でしたが神の国を待ち望んでいました。

  イエスさまは 3 度の受難の予告の中で、殺されることを弟子 たちに告げておられましたが、イエスさまの死を見ていたの は、12 弟子以外の人々だったのです。

 使徒信条の中に、「死にて葬られ」とありますが、この現場に いた人たちが本当にいたことをマルコによる福音書は証言し ているのです。

 今週も主に感謝する日々を過ごせるなら幸いですね。

テケテケ
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【聖書】マルコによる福音書15章16~41節 【説教】「十字架につけられた主イエス」 2025/1/26 倉敷ホーリネスチャーチ

2025年01月26日 | メッセージ
【聖書】マルコによる福音書15章16~41節
【説教】「十字架につけられた主イエス」

中心聖句
25: イエスを十字架につけたのは、朝の九時ごろであった。

説教要約
主の御名を讃美いたします。 

マルコによる福音書第15 章16~41 節
そして三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバク タニ」と叫ばれた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしを お見捨てになったのですか」という意味である。(15:34)

 イエスさまはピラトの裁判を受けられました(参照 15:1~ 15)。その結果、バラバという犯罪人が釈放され、イエスさまが 十字架につけられることが確定します。そして、イエスさまはゴ ルゴタという場所に連れて行かれ、十字架につけられたので す。この時の罪状書きは「ユダヤ人の王」(15:26)でした。ま た、イエスさまの右と左には強盗犯もまた十字架につけられて いました。イエスさまは「自分を救え」(15:30)、「十字架からお りてみるがよい」(15:32)などと嘲弄され続けますが、イエスさ まは沈黙を貫かれます。

 しかし、三時になるとイエスさまは「エロイ、エロイ、ラマ、サ バクタニ」(15:34)と大声で叫ばれました。本来なら、私たちが 罪のために神さまから見捨てられなければならなかったはず です。けれども、神の独り子であり何の罪も犯されなかったイ エスさまが、私たちの罪の全てを負ってくださったのです。

 今週も主に感謝する日々を過ごせるなら幸いですね。

テケテケ
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【聖書】マルコによる福音書15章1~15節 【説教】「ピラトに裁かれる主イエス」 2025/1/19 倉敷ホーリネスチャーチ

2025年01月19日 | メッセージ
【聖書】マルコによる福音書15章1~15節
【説教】「ピラトに裁かれる主イエス」

中心聖句
15: それで、ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバをゆるしてやり、イエスをむち打ったのち、十字架につけるために引きわたした。

説教要約
主の御名を讃美いたします。 

マルコによる福音書第15 章1~15 節
それで、ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバをゆるし てやり、イエスをむち打ったのち、十字架につけるために引き わたした。 (15:15)

 イエスさまは既に最高法院で裁判を受けられていましたが (参照 14:53~65)、今度はローマのユダヤ総督ピラトの裁判 を受けることになりました。

  祭司長たちは犯罪人であったバラバをゆるすように群衆を 煽動します。その結果、群衆はピラトに対して「十字架につけ よ」(15:13)、「十字架につけよ」(15:14)と、イエスさまを死刑 にするように要求したのでした。

  そうした中、イエスさまは何も話しておられません。「もう何も お答えにならなかった」(15:5)とある通りです。イエスさまは、 3 度の受難の予告(参照 8,9,10 章)で予め語っておられた ように、十字架の死を受け入れられます。

 イエス・キリストだけが、私たちの罪の身代わりとなってくだ さった唯一の救い主であることを、マルコによる福音書は証言 しているのです。

 今週も主に感謝する日々を過ごせるなら幸いですね。

テケテケ
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【聖書】マルコによる福音書14章66~72節 【説教】「主イエスの言葉を思い出すペテロ」 2025/1/12 倉敷ホーリネスチャーチ

2025年01月12日 | メッセージ
【聖書】マルコによる福音書14章66~72節
【説教】「主イエスの言葉を思い出すペテロ」

中心聖句
72: するとすぐ、にわとりが二度目に鳴いた。ペテロは、「にわとりが二度鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われたイエスの言葉を思い出し、そして思いかえして泣きつづけた。

説教要約
主の御名を讃美いたします。 

マルコによる福音書第14 章66~72 節
・・・ペテロは、「にわとりが二度鳴く前に、三度わたしを知らな いと言うであろう」と言われたイエスの言葉を思い出し、そして 思かえして泣きつづけた。 (14:72)

 ペテロはイエスさまに対して「たとい、みんなの者がつまず いても、わたしはつまずきません」(14:29)と約束したのにも関 わらず、イエスさまとの関係を 3 度も否定したことが 66~72 節 に書かれています。

 大祭司の女中がペテロに「あなたもあのナザレ人イエスと一 緒だった」(14:67)と告げます。するとペテロは「・・・知らな い、・・・分からない」(14:68)と答えます。次にこの女中はペテ ロに「この人はあの仲間のひとりです」(14:69)と告げると、再 びペテロは否定します。今度は、これらのやり取りを見たであ ろう人たちが「・・・あなたは彼らの仲間だ」(14:70)とペテロに 告げると、ペテロは「何も知らない」と言って「激しく誓いはじめ た」(14:71)のでした。イエスさまが「今夜、にわとりが二度鳴く 前に、そう言うあなたが、三度わたしを知らないと言うだろう」 (14:30)と予告された通りになったのです。

 しかしこのペテロが、後の教会の指導者の一人として活躍 したことが使徒行伝(1~12 章)の中にあらわされています。イ エスさまは、失敗の多かったペテロを見捨てるのではなく、福 音の拡大のために用いられたのです。

 今週も主に感謝する日々を過ごせるなら幸いですね。

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【聖書】コリント人への第一の手紙第15章50~58節 【説教】「神の愛を伝えるために救われた私達」 2025/1/5 倉敷ホーリネスチャーチ

2025年01月05日 | メッセージ
【聖書】コリント人への第一の手紙第15章50~58節
【説教】「神の愛を伝えるために救われた私達」

中心聖句
58 だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。

説教要約
主の御名を讃美いたします。 

コリント人への第一の手紙第15 章50~58 節 だ
から、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全 力を注いで主のわざに励みなさい。 (15:58)

 私たちはテレビやインターネットを通して、様々な情報をす ぐに入手できる時代を生きています。けれども、そのような情 報によってはもたらすことができないものがあります。それは、 罪の赦しと永遠の命です。私たちに罪の赦しと永遠の命を与 えてくださるのはイエス・キリストの十字架だけなのです。イエ ス・キリストが十字架に架かって、私たちの罪の身代わりとなっ てくださいました。そして、イエス・キリストはよみがえってくださ って、死に対して勝利されたのです。

 イエス・キリストを信じるなら誰でも、神の家族(エペソ人へ の手紙 2 章 19 節)になることができます。聖書は、何物にも代 えることのできない素晴らしい神さまの愛があることを証言して いるのです。

 イエスさまの救いを既にいただいている私たちは、2025 年も また、神さまの愛を全力で伝え続けてまいりましょう。

 今週も主に感謝する日々を過ごせるなら幸いですね。

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【聖書】マタイによる福音書6章25~34節 【説教】「私たちの必要を満たして下さる神」 2024/12/29 倉敷ホーリネスチャーチ

2024年12月29日 | メッセージ
【聖書】マタイによる福音書6章25~34節
【説教】「私たちの必要を満たして下さる神」

中心聖句
33:まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。 34: だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。

説教要約
主の御名を讃美いたします。 

マタイによる福音書第6 章25~34 節
まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのも のは、すべて添えて与えられるであろう。(6:33)

  6 章 25~34 節においてイエスさまは「思いわずらうな」とお 命じになられています。私たちは、様々なことに心を奪われて しまい、思いわずらってしまうのです。それでは、私たちが実 現困難なことをイエスさまは命じておられるのでしょうか。決し てそうではありません。イエスさまは「・・・あなたがたの天の父 は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることを ご存じである。まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれ ば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。」(6: 32~33)と教えておられます。私たちが思いわずらう必要がな いのは、神さまは私たちに必要なものを既にご存知であるか らです。そして、私たちが神さまに祈り求め続けるなら、「すべ て添えて」与えてくださるのです。

 神さまは私たちの必要をこれまでも満たしてくださいました し、これから先もずっと満たしてくださいます。この素晴らしい 神さまにこれからも従い続けてまいりましょう。

 今週も主に感謝する日々を過ごせるなら幸いですね。

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【聖書】ヨハネ第一の手紙4章7~16節 【説教】「神の愛を伝えるために来られたキリスト」 2024/12/22 クリスマス礼拝

2024年12月22日 | メッセージ
【聖書】ヨハネ第一の手紙4章7~16節
【説教】「神の愛を伝えるために来られたキリスト」

中心聖句
11: 愛する者たちよ。神がこのようにわたしたちを愛して下さったのであるから、わたしたちも互に愛し合うべきである。

説教要約
主の御名を讃美いたします。 

ヨハネの第一の手紙第4 章7~16 節
神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生 きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神 の愛が明らかにされたのである。(4:9)

~本日はクリスマス礼拝です。~
①「神はそのひとり子を世につかわし」(4:9)とあるように、イエ ス・キリストは神さまがつかわされたお方です。そして、イエス・ キリストは「わたしたちの罪のためにあがないの供え物」(4: 10)となってくださったのです。 かつては神さまがおられることを知らず、罪の中にあった私 たちを救い出すために、神さまはイエス・キリストをお与えにな られました。このイエス・キリストの誕生を喜ぶのが、クリスマス なのです。

②「そのあかしをするのである」(4:14)とあります。神さまは、 私たちがイエス・キリストを伝えていくように願っておられます。 イエス・キリストについてあかしをするのが、クリスマスなので す。 本日の礼拝でいただいた神さまからの素晴らしい恵みを、 私たちの家族や友人にお伝えしましょう。

 今週も主に感謝する日々を過ごせるなら幸いですね。

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【聖書】ルカによる福音書1章39~56節 【説教】「マリヤから生まれた主イエス」 2024/12/15 倉敷ホーリネスチャーチ

2024年12月15日 | メッセージ
【聖書】ルカによる福音書1章39~56節
【説教】「マリヤから生まれた主イエス」

中心聖句
47:わたしの霊は救主なる神をたたえます。

説教要約
主の御名を讃美いたします。 

ルカによる福音書第1 章39~56 節
そのあわれみは、代々限りなく主をかしこみ恐れる者に及び ます。(1:50)

 ルカによる福音書 1 章には、マリヤがイエスさまを妊娠した ことが書かれています。その経緯は次の通りです。 御使ガブリエルは「あなたはみごもって男の子を産むでしょ う。その子をイエスと名づけなさい。」(1:31)とマリヤに告げま す。初めは驚き戸惑うマリヤでしたが、御使の告知を信じ受け 入れます。それからマリヤは親戚関係にあったエリサベツのも とを訪ねます。マリヤはエリサベツから「・・・あなたの胎の実も 祝福されています。主の母上がわたしのところにきてくださると は、なんという光栄でしょう。」(1:42,43)という祝福の言葉を聞 きます。するとマリヤは賛歌(マグニフィカート)をささげ、「この 卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。」(1:48)と神さま への信仰をあらわしたのでした。

 ルカによる福音書は、権力ある者(1:52)や富んでいる者 (1:53)ではなく、ナザレの一人の女であるマリヤからイエスさ まが誕生したことを証言しているのです。

 今週も主に感謝する日々を過ごせるなら幸いですね。

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