倉敷ホーリネスチャーチ

聖書のみ言葉、キリスト教のメッセージ、また旅情報など、テケテケが伝えしています(日本ホーリネス教団)。

キリストの血の効力

2005年04月27日 | メッセージ
4月24日、調布キリスト教会での主日礼拝は特別伝道礼拝で日本ホーリネス教団の名誉委員長である小林和夫牧師をお迎えし礼拝が持たれました。また午後から聖別会も開かれ大変恵まれた一日となりました。

聖書:ヘブル人への手紙9章11~15節
説教:「キリストの血の効力」

○キリストの血の価値とは
キリスト教の土台で十字架は血のシンボルです。主イエスは生涯罪なき人で、一点のウソもシミもありませんでした。そして私達の罪のため、十字架にかかられたのです。その事を心から信じるならば、主イエスの血により私達は救われるのです。
サタンはローマ兵を通し十字架の上の主イエスにまで及び、主にぶどう酒を飲ませようと試みます。用意されていたぶどう酒には麻薬のようなものが混ぜられていた事を主はご存じで、退けられました。
天の父の右に座して今なお弱い私達に御力を与え続けてくださっています。
○良心を聖めて下さる
良心を「魂(たましい)」と言い換えても良いでしょう。人間は生まれた時から良心を持っていますが、サタンにより犯されています。その犯されている所にまでキリストの血は癒してくださるのです。そしてその良心に信仰が宿るのです。
Ⅰテモテ1:18-20に、正しい良心・霊・信仰を保ち立派に生き神に仕えるように!と記されています。そこに「勝利」があるのです。(Over Come)
○生ける神に仕えさせて下さる
良心が聖められると生ける神に仕えるように変えられます。頭で、理性で「神は生きている!」と思うのではなく奥底の良心が神を認めるのです。全く疑うことなく心から神に祈るのです。「この祈りはちょっと無理だろうな~」などと疑いを持ち祈ってはなりません。
生ける神に全てを委ねて下さい。私達は自分の力で生きているのではない事を確認し、全ては神から来ている事を感謝し生きて生きましょう。その救いは主イエスキリストの血によるのです。

「力」は「血」から!

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小林和夫先生調布へ!

2005年04月24日 | 伝道
本日の調布キリスト教会の礼拝は、第一と第二の合同礼拝となり、10時30分からの開始となりました。その前に10時よりワーシップが開始され、私もギターで奏楽を担当しました。
小林先生は、日本ホーリネス教団の教団長をなされ、キリスト教の注解書を数多く出版されています。本日の牧会はヘブル書9:11~15節より「キリストの血の効力」との題でメッセージを語られました。また、午後からは「聖別会」が開かれ詩篇71篇より「人生の四季における祈りと期待」を語られました。その後、小林牧師より按手による祈りを頂き、閉会となりました。
語られたメッセージ内容は後日アップいたしますた、一人ひとりの心におよぶ主の臨在を確認した主日礼拝、そして聖別会となりました。

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主イエスのかたちへ

2005年04月17日 | メッセージ
4月17日調布キリスト教会のメッセージ「主イエスのかたちへ」要約です。
聖書:ローマ人への手紙8章26~30節
8:26 御霊もまた同じように、弱いわたしを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。8:27 そして、人の心を探り知るかたは、御霊の思うところがなんであるかを知っておられる。なぜなら、御霊は、聖徒のために、神の御旨にかなうとりなしをして下さるからである。8:28 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。8:29 神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである。
注:このホームページは日本聖書協会「口語訳聖書」を引用させて頂いております。(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1954,1955

要約
この箇所では、三位一体の神の事が記されています。すなわち①父なる神 ②子なる神 ③聖霊です。では少しだけ詳しく見ていきましょう。
①父なる神:世界の創造者
②子なる神:御子イエスキリストで計画の実行者
③聖霊なる神:すべてに適応してくださる
26-27では聖霊について、私達の奥底をよく知って下さり、導いて下さる由が記されています。
28には父なる神が記されています。素晴らしいプランナーで万事を益として下さるのです。日々の生活の中、私はクリスチャンなのに、「なぜ」こんな事になるのだろう?と思われる方もいるかもしれません。今わからなくても素晴らしいプランを作って下さっているのです。ただ、「益」として下さると記されていますが、その「益」とは、自分の都合の良い事が「益」ではありません。すべてはプランナーの「益」なのです。それでは何が「益」なのでしょう?イエスの様な生き方が「益」なのです。主なる神のために全力を尽くす事、これ以外に「益」は絶対にないのです。共に主イエス・キリストに似た者とされるよう祈ろうではありませんか。

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