たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

「中宮様は生涯の主人」・まんがゼミナール「枕草子」その11

2021年06月26日 06時57分36秒 | 読書記

足腰大丈夫な内に出来る限り、不要雑物処分・身辺片付け整理をしよう等と思い込んでからすでに久しいが、正直なかなか進んでいない。それでもここ2~3年には、押し入れや天袋、物置、書棚等に詰まっていた古い書籍類をかなり大胆に処分してきた。ただ、中には「これ、面白そう・・」等と目が止まり、残してしまった書籍もまだまだ結構有る。その中に 漫画家赤塚不二夫著、元東京学芸大学附属高等学校教諭石井秀夫指導の古典入門まんがゼミナール「枕草子」(学研)が有る。多分、長男か次男かが、受験勉強中に使っていた「枕草子」の解説本・参考書の一つのようだが、錆びついた老脳でもなんとか読めそうな、まんがで描いたくだけた内容、その内いつか目を通してみよう等と仕舞い込んでいたものだ。ながびく新型コロナ禍、不要不急の外出自粛中、ふっと思い出して、やおら引っ張りだしてみた。当然のこと、本格的な「枕草子」解説本、参考書とは異なり、限られたサワリの部分に絞ったものであるが、学生時代に多かれ少なかれ齧っていたはずの日本の代表的な古典、清少納言の「枕草子」も、ほとんど覚えていないし、「古典」に疎く、苦手な人間には、十分楽しめそうで、御の字の書である。(以上 過去記事コピペ文)


「中宮様は生涯の主人」・まんがゼミナール「枕草子」その11

第240段 「御乳母の大輔の命婦」
藤原道隆が生存中、中宮定子は実に幸せな境遇であったが、道隆の死後、叔父の道長の勢力が増大するにつれ、打って変わって、悲境のどん底に突き落とされることになる。定子の乳母大輔の命婦さえも、離れていくという事態となり、清少納言は、主君定子の寂しい心境を、同情の念をもって書き綴っている段。

おいとまのあいさつに参りました・・・。
おお、日向に参るか・・・。
中宮様の御乳母が 夫の転勤にしたごうて、
日向に下ることにならはりました。
まあ!、おっぱいのぎょうさん出そうなお方・・・。
ごらんおくれやす。こない立派な賜り物や・・・。
わあっ!、すごい!、中宮様の直筆サインやないの!
片面は 光うららな田舎の館。
もう片面は 雨ぬれそぼる京のさる所。
あかねさす日に、向かひても思ひ出でよ、
都は晴れぬながめすらむ と
みずからお書きになって、
中宮様はなんと心優しいお方どすやろ。
こないなお優しい主君から離れて、
とてもよそへ行けるものやあらへん。
日向はワテらには、地の果てみたいに遠く思われますんや。


原文だよーん

御乳母(おほんめのと)の大輔(たいふ)の命婦(みょうぶ)、日向(ひゅうが)へ下るに、賜(たま)はする扇(あふぎ)どものなかに、片(かた)つ方(かた)は、日いとうららかにさしたる田舎の館等多くして、いま片(かた)つ方(かた)は、京のさるべき所にて、雨いみじう降りたるに、
  あかねさす 日に向かひても 思ひ出(い)でよ
  都は晴れぬ ながめすらむと
御手(おほんて)にて書かせ給(たま)へる、いみじうあはれなり。さる君を見置き奉(たてまつ)りてこそ、え行くまじけれ。


(注釈)

中宮様の御乳母の大輔の命婦が、日向に下る際に、中宮様が下賜なさった扇の中に、片方には、日が実にうららかにさした田舎の建物等が多く描いて有り、もう一方には、雨が酷く降っている京のしかるべき所の絵が描かれていて、その扇には
  日向に下っても、どうか思い出しておくれ
  都では 私が長雨に閉じ込められて
  心も晴れず物思いに沈んでいるだろう とね。
中宮様が御自筆でお書きあそばしたのは、実にしみじみと身にしみることだ。
私なら このようなご主君をお残しして、とても遠くへ等行けるものではないだろう。

 


ワルナスビ(悪茄子)

2021年06月25日 18時44分46秒 | 爺さんの備忘録的花図鑑

草花にも疎い爺さん、ブログを始める以前は、我が家の庭に咲く花であろうが、道端、空き地、畑、川原等で蔓延っている野草であろうが、公園や植物園等で鑑賞出来る草木であろうが、まるで関心興味も無しで、見ても、花名も知らず、分からず、覚えられずで、ほとんど珍紛漢紛だった気がする。数多のブログを拝見するようになってから、その無知ぶりを痛感、初めて、花名等を知ろうという気になったものだったが、教えてもらっても、自分で調べても そのそばから忘れてしまう老脳、出来る限り、写真を撮り、ブログに書き込むことで、少しづつ、分かる草花が増えてきたように実感している。

今朝も 散歩・ウオーキングの途中、やたら花の写真を撮ってきたが、その中に 每年、繰り返し繰り返し、撮っている「ワルナスビ(悪茄子)」の写真も有った。ふっと、「ブログ内検索」してみると、今から10年前の 2011年8月23日の記事に、「ワルナスビ(悪茄子)」の写真を挿入していることが分かった。多分、その頃初めて、「ワルナスビ(悪茄子)」を知り、ブログに書き込んだのだと思う。最初に見掛けた時の記憶が蘇ってくるが、「???、なんでこんな道端に、ジャガイモの花がいっぱい咲いているのだろう」・・・だった気がする。第一印象が ジャガイモの花にそっくりだったことで、印象に残り、以降每年、散歩・ウオーキング途中、あっちこっちで見掛ける度、写真を撮っている次第。

2011年8月21日撮影 ワルナスビ(悪茄子)


振り返り記事 2011年8月21日 「気まぐれウオーキング」 
→ こちら


 

2021年6月25日撮影 ワルナスビ(悪茄子)


ワルナスビ(悪茄子)

ナス科、ナス属、多年草
    和名「悪茄子」は 有毒であり、茎や葉に鋭いトゲが多く、繁茂する、
    たちの悪い生態から付けられて花名。
    明治39年(1906年)に千葉県成田市の牧場で
    牧野富太郎氏が発見、命名されたという。
    繁殖力が強く、世界中に繁茂、分布しているが
    現在、日本では、外来生物法により、
    要注意外来生物に指定されている。
原産地 アメリカ合衆国東南部
草丈 60cm~1m
花色 白色、淡青色、
   同じ科のナスやジャガイモの花に似ている。
   球形で黄色い、ミニトマトに似た果実を付けるが有毒。
開花期 6月~10月頃
花言葉 「欺瞞」


 


野菜も、雑草も・・・、

2021年06月25日 17時42分00秒 | 畑日誌(見様見真似の野菜作り)

高温多湿のこの時期、野菜も、雑草も、元気、元気、
3日間も、行っていないし・・、
今日は どうしても行かなくては・・・、
雨が降りそうで降らず、
午後 一時的に 薄日が射してきたところで
やおら重い腰を上げ、Go To 畑! と相成った。

つい この前、きれいに草取りしたばかりの空き畝も 
あっという間に 雑草の原と化してしまい・・、

(1)ツル有りインゲン、初収獲
   4日前には 全く気が付かなかったが 
   見ると ごっそり生っており、
   こりゃ 大変!、どうする?、どうする?

(2)キュウリ、ナス、トマト、ミニトマト、ピーマン、収獲

(3)来年用のイチゴの苗(子株、孫株)育成下準備
   耕し、牛糞入れ混み、完了、
   来週中には 移植する予定に・・、

畑の周りに蔓延っているコスモスが 一斉に開花し始めている。

急に、暗雲が押し寄せ、ポツポツ雨が降り出し、
雷鳴も聞こえてきたところで 引き上げてきた。


梅雨空

2021年06月25日 09時00分17秒 | 散歩・ウオーキング

当地、今日の天気予報は 「曇時々雨」、
雨雲が低く垂れ込めて、周辺の山並みが見えない。
早朝、今にも降り出しそうだったが、ちょこっと近くを歩いてきた。
   君の名は?花に尋ねつ爺散歩
スマホの歩数計で 約7,400歩、

君の名は?
(追記)
スマホアプリ「Green Snap」の「調べる」で 教えていただいた。
花名は 「エキナセア」のようだ。

ルリマツリ(瑠璃茉莉)

振り返り記事 2018年10月17日 「ルリマツリ」 → こちら

ムクゲ(木槿)

八重のクチナシ(梔子)

君の名は?
(追記)
スマホアプリ「Green Snap」の「調べる」で 教えていただいた。
花名は 「ゼフィランサス(サフランモドキ)」
絶対 覚えられない花名だなあー。

エゴノキ

 

ヒメヒオウギズイセン(姫檜扇水仙)・・・かな?

キョウチクトウ(夾竹桃)

君の名は?

 

君の名は?


雲の上にひょっこり満月

2021年06月24日 20時28分53秒 | 暮らしの記録

我が家の遅い夕食時、南の空に掛っている雲の上に 
ひょっこり、まんまるお月さんが顔を出しているのに気がついた。
昼間、すっかり、雲に覆われていた空が、
いつのまにか、雲が途切れ途切れになっていて、月が見える夜空になっていた。
もしかして 満月?
早速 ネットで調べてみると、
正確には 明日6月25日午前3時40分頃に満月になるという。
6月の満月は 「ストローベリー・ムーン(Strawderry Moon)」と呼ばれているが、これは イチゴのように赤くなる満月という意味ではなく、アメリカの先住民アルゴンキン族が 野いちごの収獲時期の満月という意味で呼んでいた、「ストローベリー・ムーン(Strawderry Moon)」に由来している。でも 湿度の高い今日等は やや赤っぽく見えているような気もしないではない。


待ち時間ぶらっと周辺町歩き

2021年06月24日 13時59分14秒 | 散歩・ウオーキング

当地 今日は、早朝から 今にも降り出しそうな空模様だったが、
突然、真夏の日が射したり、変わりやすい天候になっている。
午前中、車で妻を街中の病院に送ったが、
1時間以上の待ち時間有り、
雨の心配と 暑さの心配が有ったが、周辺をぶらっと歩いてきた。
スマホの歩数計で 約7,400歩。

ブットレア


振り返り記事 2015年7月12日 「ブットレア」 → こちら


黒猫のタンゴ♫

どうしたの?、そんなところに止まって?
駐車中の車に止まって、飛び立てない様子の鳥、
もしかして シジュウカラの雛?
カアチャン、トウチャン、どうした?


「中学生日記より」その36(再)

2021年06月24日 09時39分37秒 | M男のあの日あの頃(the good old days)

「中学生日記より」

「gooブログ」に引っ越してくる前、「OCNブログ人」時代に 一度書き込んだことの有る「中学生日記より」を 改めてリメイクしてみようと思っているところだ。「中学生日記」とは 中学生だった頃のM男が ほんの一時期付けていた日記帳のことで 数年前に実家を解体する際に発見した、ボロボロのゴミ同然の日記帳のこと。土産物の小綺麗な空き箱や包装紙、冠婚葬祭ののし袋に至るまで 廃棄処分するという感覚が無かった父母が、子供達の教科書やノート、通信簿、図画工作作品等も押し入れの奥に詰め込んでいたもので、その中に有った。まさに「タイムカプセル」を開けるが如くの感じで、ページを捲ってみると、すっかり喪失してしまっていた記憶が、断片的に炙り出されてくる。まさか 60数年後に、ブログで第三者の目に晒される等とは 当時のM男は想像もしていなかったはずで 下手な文章、下手な文字、誤字脱字多しの日記である。(以上 過去記事コピペ文)


その36「栗拾い」

昭和30年(1955年)9月17日(土)、天気 晴、
起床 5時30分、就床 9時30分、

朝礼、そうじ(掃除)、

1、先生方の体育大会のため じぎょう(授業)なし(無し)、
2、昼から(午後)すこし(少し)、くりひろい(栗拾い)にいった(行った)、
3、祖母が 浪花節(浪曲)を見に行った、
4、妹のままごとのおぜん(お膳)を作ってやった、
5、月曜日の時間割り、数、耺、英、社、
帰家(帰宅) 10時、

当時、周辺の郡町村の小学校中学校の教師が参加する体育大会(運動会?)が 年に1回、有ったような気がするが、その日、教師全員それに参加するため、授業は無し、朝礼、掃除のみで下校したようだ。10時には 家に着いたと書いてある。

M男達は、毎年、秋になると、裏の山を駆け回り、当時はまだ、栗林が散財しており(恐らく民有地)、山栗を拾ってきたものだ。他人の山の栗を拾っても、何のお咎めも無しの時代だったのだと思う。その日の午後も、多分、近所の同級生で従姉のTとつるんで、出掛けたようだ。
子供の頃は、栗は山で拾ってくるものと思っていた位だったが、小粒で、中には虫食いもあったが、甘さ、美味さでは、後年知った栽培栗よりずっと勝っていたと思っている。
台風や大風が吹いた翌日等が、チャンスだが、大概、イガごと落ちていて、イガを長靴で踏んづけて押さえ、稲刈り鎌で中からポロッと掻き出し、ずた袋(布袋)に放り込み、担いて帰ってくるというものだが、手馴れたものだった。
拾ってきた栗は、だいたい夜、囲炉裏の大きなで茹で、家族で食したが、そのほとんどは、柔らかい内に、綿糸で通して、軒先等に吊るし、乾燥させていた。乾燥させてカチカチになった栗は、お正月等、冬季間のおやつになっていたのだ。今にして思うに、よくも、あの石の如く固い栗を、カリポリ、カリポリ、食べていたものだ。

元々の地元の女性とは異なる雰囲気を持っていて、浪花節(浪曲)が大好きだった乙(おつ)な祖母、もしかしたら 隣り町の商店会の中元大売り出し等で招待券でも貰ったのかも知れない。祖母が 浪花節(浪曲)を見に行ったと書いてある。和服を来て、いそいそと出掛ける姿が、今でも思い浮かぶ。娯楽等 ほとんど無かった時代、祖母にとっては大きな娯楽だったのだと思う。当時 ラジオ放送でも 浪花節(浪曲)の番組が結構有って、茶箪笥の上に鎮座した雑音混じりの中古ラジオの前に座り、一生懸命聴いていた祖母。M男は 興味関心も無く、あまり良く分からないままだったが、なんとなく一緒に聴いていたような気がする。寿々木米若?、春日井梅鶯?、広沢虎造の「次郎長」「森の石松」?、昭和30年代前半、北陸の山村では まだそんな時代だったのだ。


振り返り記事 2016年6月17日 「バアチャと浪曲(浪花節)」 → こちら


幼児だった妹が、ままごとで遊び始めていたのかも知れない。おもちゃ等をおいそれと買って貰えるような暮らしでなかった時代、子供達は子供達なりに、いろいろ作ったり工夫して遊んでいたものだが、妹用に、多分、材木の切れっ端等を工作し、ミニのおぜん(お膳)を作ってやったのだろうと思う。

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収束が程遠い中再始動

2021年06月23日 21時29分02秒 | スイミング

(NHKニュースより)

当地、今日は 1日中、雨雲が低く垂れ込め、
小雨が降ったり止んだり、
一時的には 土砂降りの雨となり、
本格的な梅雨模様だった。
身体 ダルーい、オモーい・・、
ほとんど動いてなーいし・・・、体調 イマイチ。
いかん!、いかん!、
こんな日こそ、泳いでくるべし・・、
やおら重い腰を上げ、
19時~20時のスイミングクラブ成人クラスレッスンに出席した。
今日は 最近採用されたばかりのK指導員による平泳ぎ中心レッスン。
メニュー等は引き継がれており 
毎度のこと、基本、基本の繰り返し。
特に キックをチェックされた。

「緊急事態宣言」発出された4月から、
5月末までは完全休館。
時間短縮営業再開を経て、
今週からは、万全なコロナ対策をこうじた上で、
ほぼ通常営業に戻されている。
レッスン終了後の自由スイムも「可」となっていて、
早速、ベテラン女性陣7人に誘われ、居残り、
後ろにくっついて泳いできた。
なにしろ 皆が皆、2ケ月振りの自由スイム・・、
5秒間隔スタートだが、無理せず ゆっくり慣らし運転
クロール 50m✕6本、4種目 25m✕4本に止め
先程 帰ってきた。
泳いで帰った後の遅い夕食、
心地好い疲労感とすっきり感、
久し振り
350mm格安缶ビールで
いい気分になっているところだ。


老脳に鞭入れひねる五七五 2019年11月

2021年06月23日 14時34分46秒 | 川柳・俳句・五七五

数年前まで まるで興味も関心もなかった川柳。ユーモアセンスゼロ、頭カチカチ、川柳とは程遠い存在の爺さんが ひょんなきっかけで 「面白そう?・・」等と思い込んでしまい、「川柳とは?」も 分からないまま、単なる五七五言葉並べ遊びを続けてきた。
3年前頃には 相互ブログフォロワー登録している方からのお声掛け、お誘いを受けて 恥も外聞もなく 拙句、駄句を ある「川柳教室」に投句してしまうことにもなっているが、結果、何も分からなかった川柳の世界を ちょこっとでも覗かせていただき、多くのことを教わってきたような気がしている。
ただ 所詮 川柳の才能無しの爺さん。
スタンスは お題に対して 締め切り日までに 錆びついた老脳をギシギシ動かし、言葉を捻り出し 五七五に編むという過程が、ある種脳トレになっているに違いない、ボケ防止に多少役立つかも知れないという期待感から 続けていることだと思っている。出来不出来に関わらず、四苦八苦して?生んだ川柳(川柳もどき)、せっかく作ったものを 忘れてしまわない内にブログに書き留め置くことにした。(以上、過去記事コピペ文)


2019年11月に作った川柳(もどき)


お題 「急ぐ」

    先着順在庫限りに急ぐ妻

    襟を立て急ぐ家路にオリオン座

    木枯らしに襟立て急ぐ宵の街

折句 「の・ろ・い」

    能天気ろくでなしでもいい男

    飲み過ぎて呂律回らず意味不明

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ギンバイカ(銀梅花)

2021年06月23日 08時48分16秒 | 爺さんの備忘録的花図鑑

散歩・ウオーキングの途中等で、道端や空き地、公園や民家の庭先等で見掛ける花を、やたら コンデジでカシャ、カシャ撮って帰ってきているが、花に疎い爺さん、そのほとんどが、知らない花、忘れてしまった花、毎度 「君の名は?」・・・を 繰り返している。
先日、撮ってきた写真の中の白い花も、每年、この時期に見掛ける花ではあったが、やっぱり 「???」だった。
改めて、スマホアプリ「Green Snap」の「調べる」に、「ヘルプ!」。
草花に詳しい集団の皆さんのこと、間髪入れずに回答が有り、
花名は ギンバイカ(銀梅花)であることが分かった。
教えてもらっても、そのそばから忘れてしまうこと必至ではあるが、
とりあえずは 出るものが出た感じで スッキリである。

 


ギンバイカ(銀梅花)

フトモモ科、ギンバイカ属、常緑低木
    別名 マートル、銀盃花、祝いの木、
    和名「銀梅花」は 梅の花に似た白い花を咲かせ、
    太陽光のもとでは 銀色に光ってみえることから付けられた花名。
原産地 地中海沿岸、
花色 白色、
   5枚の花弁、長い雄しべが特徴。香りが良い。
   冬には オリーブに似た黒い実を付ける。
開花期 5月~6月頃、
花言葉 「高貴な美しさ」、「愛」、「愛のささやき」、
    古代ギリシャでは、美の女神と豊穣の女神に捧げられた花。
    香りが良く、結婚式の飾りやブーケにも使われることもある。