Xenos Audio

オーディオと音楽について

「さいたま国際マラソン」エントリ完了とハーフjog

2016年05月23日 19時20分28秒 | 心筋梗塞のちサブ4挑戦
申し込んでいた“ちばアクアラインマラソン”から、抽選に当選したとの通知が来ました。
しかし、よく考えてみると、自宅からの距離が少し遠いことや、アップダウンがきつそうなことからこの大会は断念することにしました。

23年ぶりの、しかも心筋梗塞明けのフルマラソンですから、無理するわけにはいきません。

で、今日エントリが開始となった“さいたま国際マラソン”に申し込み、入金まで済ませました。

http://saitama-international-marathon.jp/

国際マラソンというと通常はタイム制限が厳しいのですが、今回のさいたまは6時間なので大丈夫です。コースもわりと平坦そうです。

本番は11/13。頑張りたいと思います。
最近は、仕事が多忙で満足にトレーニングができません。サブ4はかなり厳しい気がしますが、一応もう少しの間だけ、夢を見たいと思っています。

今日は久々に20km超えのランニングです。前半はキロ6分、後半はキロ5分半の、わりとマラソンの本番に近いスピードです。

サブ4に相応しいスタミナはまだ半分もついていない感触です。

それでも徐々に体質が変わってきた気がします。



体重64キロ台は25年ぶりくらいです。
それでも体脂肪率がまだ15%ですからもう少し落とすべきなのかもしれません。

18kmLSDと7kmRUN

2016年05月18日 07時06分27秒 | 心筋梗塞のちサブ4挑戦
仕事の多忙と悪天候でなかなかトレーニングが進まず、少し不安な状態です。土曜に18kmのLSD、火曜に7kmのTTに近いRUNを行いました。5月の前半はたったの30kmしか走れておらず、実力は走り込んでいた3月に比べて退化中かもしれません。
多忙は暫くは続きそうなので、平日は10kmが限界です。
今後は平日にスピード練習や筋トレ。週末にLSDというルーチンを組んで行こうと思います。

練習できないからといって、決して諦めず、やれることをやらないといけないですね。

そんな中で少しだけ良いことも。体重が昨日測ったところ、65.1kgになっていました。これは25年ぶり位の低い値です。普通に食べれてはいるので、トレーニング効果で基礎代謝が上がったのだと思います。

余計な脂肪は重り以外の何物でもなく、体重はこれ以上減らないように維持しながら、体脂肪を現在の16.1%からさらに減らしていきたいと思っています。

3か月定期健診と禁断のインターバルトレーニング

2016年05月11日 23時26分29秒 | 心筋梗塞のちサブ4挑戦
※私が今から書く記事について、心筋梗塞を既往歴に持つ人は、絶対に安易に真似をしてはいけません。責任は持ちません。

3か月に1度の定期健診の日になりました。今回は心電図を少し長めにとりました。

私:「最近、1分に数回、脈が抜けるんですよね。」

検査の人:「(脈がぬけるのが)とれましたので先生に報告しておきますね。」


循環器科の先生:「最近、何か変わったことがありますか?」

私:「脈が時々抜けるんです」

先生:「いつごろからですか?」

私:「気づいたのは1か月前位からですが、昔からあったかもしれません。」

私:「”心筋梗塞になったから”とか、”今走っているから”とかが原因ということはありますか?」

先生:「それはあまり関係ないですよ。でも症状があるのは確かですから薬出しときましょう。」

私:「え?薬を追加ですか?」


というわけで、メインテートという薬が追加になり、私が毎朝飲む薬は4錠から6錠になりました。

私の心臓は本当に大丈夫なのでしょうか?


それで…(何が”それで”なんだか)インターバルトレーニングをやってみることにしました。

論理的な行動ではないですね。衝動的です。


電柱を使った、3対1インターバルです。つまり、RUNを3、JOGを1の割合でつなぐインターバルトレーニングです。

私、この割合のインターバルが大好きなんです。

で、電柱9本のRUNと電柱3本のJOGを12セットやりました。


(脈拍も測りました。6本終了時に110、12本終了時に120でした)


いやぁ、快感でした。呼吸も筋肉も余裕があったのです。


何か憑き物が落ちた気がして、衝動的な行動を少し反省しましたので、インターバルは当分自粛します。


私が言うのも何ですが、心筋梗塞の既往のある人は無酸素運動禁止ですのでご注意下さいませ。

「DAWN CHORUS」(富田勲氏の思い出)

2016年05月08日 20時45分45秒 | 音楽ソフト
富田勲氏が亡くなりました。

私には7つ年上の兄がいるですが、私が小学生の頃に富田氏にはまり、何枚かのレコードをよくかけていたのを覚えています。

私にとって、ドビュッシーやサティやムソルグスキーを初めて聴いたのは、ピアノ演奏によるものではなく、富田氏によるものだったのです。

時は流れて、高校生の頃。私は1枚だけ富田氏のレコードを購入しました。




「DAWN CHORUS」です。

-以下Wikiより-
冨田がそれまで主音源として使用していたモーグ等のVCOに代って、宇宙科学研究所で収録した宇宙からのパルス信号の波形をデジタルシンセサイザーに取り込み、音源として使用した作品。森本雅樹教授や寿岳潤教授を初めとする天文学の関係者の協力により、「獅子座AD星」の光度曲線をストリングスとして使用するといった手法が実現した[1]。タイトル名であるドーンコーラスの音は一曲目冒頭に使われている。

音楽と宇宙からの情報を結びつける斬新さにひきつけられて購入したわけです。
当時、高校1年生だった私には、その音楽は難しすぎたのですが、何かしら高尚なものを購入した自負みたいなものだけは得られました。

ある時、音楽の先生(30歳くらいの女性でした)が言いました。

「なにかお気に入りのレコードをもってきなさい」

私は、クラスの誰もが絶対に持っていない、聴いたこともない音源を持っていきたかったので、この「DAWN CHORUS」を持っていくことにしました。

高校の広い視聴覚室にはYAMAHAのシステムがセッティングされていました。 そしてスピーカーはNS-1000M。その頃の私には憧れのスピーカーでした。

そして授業では、私の指定でアルバムの1曲目、「ブラジル風バッハ 第4番 "プレリュード"」が流されました。

センモニから低音が朗々と響き渡りました。今考えると若干緩い低音ではありましたが、それまで自分が聴いたことのないような低音でした。
宇宙のスケール感みたいなものが感じられて素晴らしく思ったのを覚えています。


ただ一つ、当時の私にとって、大きな事故が起こりました。

音楽の先生がレコードの扱い方を「全く」知らなかったのです。

レコードというのは溝が命ですから、普通は素手では触りませんよね。

でも、その音楽の先生は当たり前のように素手でレコードの盤面をがっしり掴んで、袋から入れたり出したり…

お年頃の女性でしたので、返ってきたレコードには、手に塗ったクリームの油がべったりとついていました。

油ですからなかなか取ることができず、当時の私にはそれを解決する策を誰かに尋ねることもできませんでした。

そして、その悲劇から目を背けるかのように以後「DAWN CHORUS」を聴くことはありませんでした。


DAWN CHORUSは今ではYOU TUBEでも試聴できます。

久々に聴いてみることにしました。

美しい音楽は、人が創造したものではなく、宇宙から降りてきたのではないかとふと思いました。


富田氏は亡くなって天国に召されたのではなく、宇宙に飛び立っていかれたような気がします…


スピーカースタンドの検討

2016年05月08日 20時41分33秒 | オーディオ
メインシステムを専用ルームに移動する計画が進行中です(philewebをご参照下さい)。


スピーカーは試聴の結果から、短辺配置で決定です。

これまでトップバッフルはXRT18のウーハーボックスの上に置いていたのですが、これを機にトップバッフルを独立させるセッティングに移行することにしました。

(ウーハーは壁面にくっつけます。ルックスと超低域の特性対策です。)

音質面からこれは絶対です。


となると、トップバッフルを置く場所を作ってあげなければなりません。

まずは、IKEAの激安パイプ椅子が2台あったのでそれに載せることにしました。

すると…、音になりません。EOSに負けます。「ちょっとこのスピーカー失敗かな?」と思うくらいの音でした。

で、思い立ってEOSの専用スタンドにトップバッフルを載せてみることにしました。




EOS専用のスタンドはサウンドアンカー製です。重く硬いですが、嫌な響きは一切ありません。むしろ、かなり静かな音色のスタンドだと思います。

スパイクの下には弁慶ベース(5cm×φ10cm)を3つ設置しています。


これは良い方向に激変。1音1音の力強さ、音離れ、情報量が飛躍的に向上しました。

やはりスタンドは大切ですね。ルックスも割と相性が良いですし。


同じものが欲しいのですが、勿論どこにも売っていません。B&W 805用のものでも良いのですが、デザインがこじんまりするというか凄みが薄れるというか…

第一高価ですし。

というわけで、スタンドも自作しようと考えています。



肉離れからの復帰と7kmビルドアップ

2016年05月05日 07時17分09秒 | 心筋梗塞のちサブ4挑戦
4月22日に肉離れを起こしてから12日が過ぎました。怪我なり病気なり、これまでの人生を振り返ってみると、自分はいつも治る前から頑張ってしまい自滅するパターンが多かったのです。
ですから、今回は「治ったと思ってから5日休む」と心に決めていました。

久々のランニングはもちろんストレッチを入念に行ってから始めました。

10日以上トレーニングをサボっていたので体力の低下を懸念していたのですが、7km程度は全然平気で安心しました。

寧ろ、肉離れを起こす前の自分の体に、いかに疲れが溜まっていたのか認識することが出来ました。体が非常に軽く、ストライドで走りきることが出来ました。



スピードは自然に上がっていき、結果的にはミニビルドアップになりました。
走れるって幸せだなと、改めて実感した次第です。