鼠喰いのひとりごと

DL系フリーゲームや本や映画などの感想を徒然に

殺人勤務医

2005-06-06 10:27:33 | 本(小説)

「殺人勤務医」 大石圭
角川ホラー文庫 2002年

***

これは、何の分析も、解釈も無意味だ。
そう感じさせる作品でした。
凄いです。
ここまでリアルな「殺人鬼」を書ききった本も珍しいのでは。


あらすじー。

中絶専門医である古河は、その仕事とは裏腹に、人格者として周囲から慕われていた。
しかし、訪れた女性に親身に話し掛け、もう一度周囲に相談し考えてごらん、と優しく諭す、
その顔の裏側には、恐ろしい殺人鬼が潜んでおり、彼に「死に値する」と判断された人間は自宅の地下室に閉じ込められ、ことごとく残酷な死を遂げていた。
そんな日々の果て、彼はついに、自分がずっと求め続けていた「獲物」を見つけ、彼女を地下室に招くために、様々な準備を始める。


あらすじ…自分で書いてみても、なんだか違うな…という感じが拭えません。
どう書いたらいいのかわからない。
実際の作品は、こんなわかりやすいモノじゃない気がする。

物語は、主人公古河の日常を淡々と書く形で進んでいきます。
閉じ込められて残酷に殺されていく犠牲者たちも、古河が可愛がっている鴉も、毎日気にかけている近所の虐待されている子供や、繋ぎっぱなしの犬への憐れみも、みんな同じ目線、同じテンションで書かれていて、そこに不思議と葛藤は感じられない。
極めて残酷に人を殺すのも、中絶手術に来た母親に「もう一度、考えてみませんか?」と諭すのも、同じ「古河という人間」なのです。

そりゃあ、その気になれば、いくらでも解釈はできる。
幼児期の悲惨な虐待がもとで、とか、母親への憎しみや思慕が彼を犯罪に駆り立てる、とか。
彼がいつも一番気にかけるのは子供や動物などへの「弱者への暴力」なのですが、それだって、
いたぶられる弱者は、彼の中では「彼自身」と見立てられているのでは?とか…
考えるだけは考えてみたのですが、言葉にすると、どうにもどれも違うような気がしています。

その、微妙な感じ。もう一歩掴みきれない感じが、ものすごくリアルに感じるのです。

実際、一人の人間がいつも「いい人」であることは稀です。
いろんな面…ずるさや暴力性や、コンプレックス、はたまた、情けや思いやり、赦し…それらが全て交じり合って作られている以上、日常の行動全てが、機械みたいに常に一貫していることなど無いでしょう。
人間の行動や感情は常に矛盾に満ちていて、その複雑さと混沌こそがもともとの本性であるような気がします。

ホラーって、けっこう「幽霊出ました」「呪われました」「死にました」みたいな
単純なストーリーのものが多いように思うのですが(いや私もそうだし)
これはねー! ものすごく読みごたえがありました。

猟奇な描写が大丈夫なかたには、お勧めです。