アート装飾を施した21体のカエルを探してストックポートのタウンセンターをめぐる、アート・トレイル、Stockport Giasnt Leap と、ストックポートの観光案内、続きです。
トレイルの最初の一体、Dr Frog。

パンデミックにおける医療従事者の健闘を称える意図は明記されていないのでわかりにくいのですが、医者ガエルの上にのった子ガエルが虹色の帽子をかぶっているところから控えめに表現されています。
先週の土曜日に撮った写真です。

トレイル・イベント開始1週間後にとつぜん取り付けられたカエルの後ろの狭いデッキングが役に立っています。

(昨日の記事参照)
記念撮影の時、子供がカエルの後ろに立てるようになりました。
最初の週に土台の狭い縁に立ったり、カエルによじ登ろうとしたりして落ちてケガした子供でもいたのでしょうか、それとも単なる予防措置?
ベンチとして座ってもいいのですが、カエルの突き出たお尻がジャマですし浅くて座り心地が悪そうです。
奥の中央に「ウェディングケーキ」の愛称がある、市庁舎 Stockport Townhall の時計塔が見えています。
(数年前の冬に撮った写真です)

(クリスマスの頃のライトアップです)

向かいのベージュ色の石造りの建物は旧王立病院 Royal Infirmary です。
18世紀から20世紀の初めごろまで英国各地にたてられた貧しい人に無料で医療行為を施す慈善病院だった歴史的建造物です。
現在は内部が改装されてオフィス・ビルとして使われています。
手前のボートを漕いでいる上半身だけの奇妙な銅像は第二次大戦中に英雄的行為で名を残した地元出身の海兵隊員の像です。
その人は無事復員して、10年ぐらい前に亡くなったそうです。
それにしても、実在した個人の像にしては帽子を目深にかぶっていて人物が特定できない表現だし...要するにアートなんでしょうね、何だか尊厳に欠ける「地元の隠れた偉人」像です。
で、なぜこの場所に、かというと...

国道A6を挟んだ向かいに,ギリシャ神殿風のファサードが立派なストックポート戦没者慰霊堂市民美術館 Stockport War Memorial Art Gallery があります。
ショッピングセンターや景観保存地域のある町の中心からちょっと離れているちょっと不都合なこの場所がアート・トレイルの出発地点なのは、歴史的意義がある市庁舎、旧王立病院、戦没者慰霊堂があるためでしょう。
日暮れの早い冬にはすべてライトアップされます。
左側の門柱には「1914,1918」、右側の門柱には「1938,1945」とそれぞれ第一次、第二次大戦の開始(英国の参戦)と終了の年号が刻まれています。

戦功を称える上半身だけ宙に浮く海兵隊員のアート表現は慰霊の一環ですね。
戦死していない人を慰霊堂に祀るわけにはいかないのでせめて向かいに像をたてたということでしょうか。
内部の戦没者慰霊廟の部分です。

両大戦時にストックポートから出征して戦死したすべての戦死者の名前が壁に刻まれています。

戦死した個人をいたむ気持ちは世界共通です。
ただ、英国が国家をあげて戦死者をいたみ、戦争の歴史を次の世代に伝えるとなると必ず愛国心をあおる国威高揚とセットになってしまうのです。
戦没者追悼の日曜日 Remembrance Sunday を迎える11月には愛国心高揚行事で国中がわき返ります。
政治家は尊い命を捧げた戦没兵に恥じない立派な国家を運営していこうと誓い、この時ばかりは政府も国民も一致団結して盛り上がるのです。

今の時期、原爆記念日や終戦記念日を迎える日本では絶対にそんな高揚した気分にはなれませんよね。
日本の終戦記念日は「日本の無条件降伏の日 Japanese Unconditional Surrender Day 」としておめでたいと認識している年配の人がけっこういる英国です。
....自由と民主主義が勝利したということなのですから。
ええ、英国は軍国主義の国ではなく、民主国家のリーダー的存在なはずです。
勝った国と負けた国の意識の違いと言ってしまえばそれまでですが。
ストックポート日報にほぼ毎年この件に関して何かしら書いているのですが、中でも一番まとまった記事のリンクを下に貼りました☟
赤いポピーであふれる、イギリスの晩秋・・・秋の終わりの一大愛国行事、疑問もあり
カエルから話がそれました。
それたついでに、英国がメダルの数で日本に負けた東京オリンピック...
8時間遅れの時差のためライブの観戦にこだわる人はいませんでしたが、毎朝BBCが英国時間の夜のあいだに英国選手が取ったメダルの数の報告と感動のシーンを逐一レポートしてくれていました。
(私は興味がありませんし、私の周りにも気にしている人はほとんどいませんでしたが)
夜明け前からのライブ中継や、夕方からのハイライト放送は英国が優位な種目が圧倒的に多かったのです。
(興味がなくてもニュースをつければ目に入ります)
やっぱり自分の国が取るメダルの数はどこの国の人にとっても重要な関心事なんですね。
(興味のある人にとっては)
日本では開催前にオリンピックはやめようと言っていた人があんなにいっぱいいたのに、開催直後は応援に夢中になる人たちが激増したと聞いてびっくりしました。
「いったん開催してしまったからには、つべこべ言わずに頑張っている選手を応援しよう!」という態度は 柔軟で建設的 と言えないこともありません。
メダルの数で勝ち負けを決めるオリンピック...平和でなによりです。
平和でない国々が世界中にいくつも存在することを忘れてはならないのはもちろんですが。
トレイルの最初の一体、Dr Frog。

パンデミックにおける医療従事者の健闘を称える意図は明記されていないのでわかりにくいのですが、医者ガエルの上にのった子ガエルが虹色の帽子をかぶっているところから控えめに表現されています。
先週の土曜日に撮った写真です。

トレイル・イベント開始1週間後にとつぜん取り付けられたカエルの後ろの狭いデッキングが役に立っています。

(昨日の記事参照)
記念撮影の時、子供がカエルの後ろに立てるようになりました。
最初の週に土台の狭い縁に立ったり、カエルによじ登ろうとしたりして落ちてケガした子供でもいたのでしょうか、それとも単なる予防措置?
ベンチとして座ってもいいのですが、カエルの突き出たお尻がジャマですし浅くて座り心地が悪そうです。
奥の中央に「ウェディングケーキ」の愛称がある、市庁舎 Stockport Townhall の時計塔が見えています。
(数年前の冬に撮った写真です)

(クリスマスの頃のライトアップです)

向かいのベージュ色の石造りの建物は旧王立病院 Royal Infirmary です。
18世紀から20世紀の初めごろまで英国各地にたてられた貧しい人に無料で医療行為を施す慈善病院だった歴史的建造物です。
現在は内部が改装されてオフィス・ビルとして使われています。
手前のボートを漕いでいる上半身だけの奇妙な銅像は第二次大戦中に英雄的行為で名を残した地元出身の海兵隊員の像です。
その人は無事復員して、10年ぐらい前に亡くなったそうです。
それにしても、実在した個人の像にしては帽子を目深にかぶっていて人物が特定できない表現だし...要するにアートなんでしょうね、何だか尊厳に欠ける「地元の隠れた偉人」像です。
で、なぜこの場所に、かというと...

国道A6を挟んだ向かいに,ギリシャ神殿風のファサードが立派なストックポート戦没者慰霊堂市民美術館 Stockport War Memorial Art Gallery があります。
ショッピングセンターや景観保存地域のある町の中心からちょっと離れているちょっと不都合なこの場所がアート・トレイルの出発地点なのは、歴史的意義がある市庁舎、旧王立病院、戦没者慰霊堂があるためでしょう。
日暮れの早い冬にはすべてライトアップされます。
左側の門柱には「1914,1918」、右側の門柱には「1938,1945」とそれぞれ第一次、第二次大戦の開始(英国の参戦)と終了の年号が刻まれています。

戦功を称える上半身だけ宙に浮く海兵隊員のアート表現は慰霊の一環ですね。
戦死していない人を慰霊堂に祀るわけにはいかないのでせめて向かいに像をたてたということでしょうか。
内部の戦没者慰霊廟の部分です。

両大戦時にストックポートから出征して戦死したすべての戦死者の名前が壁に刻まれています。

戦死した個人をいたむ気持ちは世界共通です。
ただ、英国が国家をあげて戦死者をいたみ、戦争の歴史を次の世代に伝えるとなると必ず愛国心をあおる国威高揚とセットになってしまうのです。
戦没者追悼の日曜日 Remembrance Sunday を迎える11月には愛国心高揚行事で国中がわき返ります。
政治家は尊い命を捧げた戦没兵に恥じない立派な国家を運営していこうと誓い、この時ばかりは政府も国民も一致団結して盛り上がるのです。

今の時期、原爆記念日や終戦記念日を迎える日本では絶対にそんな高揚した気分にはなれませんよね。
日本の終戦記念日は「日本の無条件降伏の日 Japanese Unconditional Surrender Day 」としておめでたいと認識している年配の人がけっこういる英国です。
....自由と民主主義が勝利したということなのですから。
ええ、英国は軍国主義の国ではなく、民主国家のリーダー的存在なはずです。
勝った国と負けた国の意識の違いと言ってしまえばそれまでですが。
ストックポート日報にほぼ毎年この件に関して何かしら書いているのですが、中でも一番まとまった記事のリンクを下に貼りました☟
赤いポピーであふれる、イギリスの晩秋・・・秋の終わりの一大愛国行事、疑問もあり
カエルから話がそれました。
それたついでに、英国がメダルの数で日本に負けた東京オリンピック...
8時間遅れの時差のためライブの観戦にこだわる人はいませんでしたが、毎朝BBCが英国時間の夜のあいだに英国選手が取ったメダルの数の報告と感動のシーンを逐一レポートしてくれていました。
(私は興味がありませんし、私の周りにも気にしている人はほとんどいませんでしたが)
夜明け前からのライブ中継や、夕方からのハイライト放送は英国が優位な種目が圧倒的に多かったのです。
(興味がなくてもニュースをつければ目に入ります)
やっぱり自分の国が取るメダルの数はどこの国の人にとっても重要な関心事なんですね。
(興味のある人にとっては)
日本では開催前にオリンピックはやめようと言っていた人があんなにいっぱいいたのに、開催直後は応援に夢中になる人たちが激増したと聞いてびっくりしました。
「いったん開催してしまったからには、つべこべ言わずに頑張っている選手を応援しよう!」という態度は 柔軟で建設的 と言えないこともありません。
メダルの数で勝ち負けを決めるオリンピック...平和でなによりです。
平和でない国々が世界中にいくつも存在することを忘れてはならないのはもちろんですが。
「尊い命を捧げた戦没兵に恥じない立派な国家を運営していこうと誓い」
良いですね 此れを堂々と言える英国は
日本はアメリカを気にして 核の反対も出来ず
まして日本の為に 戦ってくれた
戦死者に 感謝の 言葉も言えず
「悲しみを 過ちを 繰り返さない」とか
主語が ハッキリしない 物の言い方をしてます
残念です 日本語の使い方まで 濫用です
オリンピック 私は毎日リアルタイムでテレビにかじりついていました
開催しない方がコロナ的には絶対良いだろうと思っていましたし 今でも開催して良かったのかはよくわかりません
でも選手の皆さんがとても嬉しそうだったのは 見ているこちらも嬉しくなりましたし 競技には興奮しました
一方
7月のオリンピック直前くらいから 都内の新規感染者は連日1日に1000人を超える日が続き
5000人を超える日もあり
医療現場は逼迫し 今都内では コロナに関係なく救急車を呼んでも すぐ来ない 来てくれても入れる病院がなかなか見つからない という状態にまで来ています
イギリスではマスクが任意になったんですね
日本ではマスク無しなんてまだ全然 というより今までで一番ありえない状態です
戦死者の死を無駄にしたり軽んじたりするのは決して許されないことですね。
特に日本では義のない侵略戦争だったことから徴兵されて自分の意思に反して戦争に駆り出されて命を落とした方たちの命が特に軽んじられているように思います。それは間違ったことです。
反対にイギリスでは「グローリファイド」された戦死者の死がいまだに若者たちの軍隊への志願をあとおしして、軍隊の存在と戦争を強く正当化しているのです。
今も中東やらアフガニスタンに介入する紛争で大勢の若者が亡くなったり手脚をなくして復員したりしています。
痛ましくて目を覆いたくなります。
家族は「悲しい」などと言ってはいけないので、インタビューされたら「誇らしい」と言っています。
それは人間の生理に反する間違ったことです。
戦場での死を華々しく扱い、高揚した若者たちを後に続かせるのは絶対に間違いです。
じゃあ戦争をやめて軍隊を解散できないのなら災害救助や儀式のときにでも活躍してもらえればいいのですが、言うは易しでそんなことできるわけはなさそうです。
若者たちに人を殺して殺される職業を自ら選ぶ後押しになる戦死の国家によるグローリフィケーションは絶対にやめなければなりません。
人数はこちらにいてもオンラインニュースで確認できるのですが、実際人々の動きや感情がどうなのかはその場にいないとわかりません。
数字の上ではまだまだ少ないようなのですが、接種の進み具合と医療制度の不備が不安を掻き立てますね。
皆さん、どうぞご無事でと願うしかありません。
で、あら~オリンピック楽しまれましたか、それはよかった!傍目で見てたらそれどころじゃなかろう!と思ったのですが反対派の「今からでもやめろ!」論には幻滅しました。それは無理ですって!
はじめちゃったからには楽しむしかないですよね。やめるんなら5月にやめとくべきだったのです。
マスクと手洗いの徹底はそりゃーやらないよりは絶対やったほうがいいに決まっていますがそれほど感染防止の決め手にはなってないはずです。ワクチンと、ソーシャルディスタンシングと出歩かないことのほうがずっと重要です。