毎日が、始めの一歩!

日々の積み重ねが、大事な歴史……

さあ自分自身の“新記録”を――メダリストたちのチャレンジ・スピリットに学ぶ連載〈勇気の源泉――創立者が語った指針

2022年05月16日 | 妙法

さあ自分自身の“新記録”を――メダリストたちのチャレンジ・スピリットに学ぶ連載〈勇気の源泉――創立者が語った指針〉2022年5月16日

第2回学園祭で学園生の熱演を“Vサイン”でたたえる池田先生。スピーチでは、“最後には勝つ――この決心で、たくましく、またたくましく生きぬいてほしい”とエールを送った(1989年9月、東京・創価学園の講堂で)
第2回学園祭で学園生の熱演を“Vサイン”でたたえる池田先生。スピーチでは、“最後には勝つ――この決心で、たくましく、またたくましく生きぬいてほしい”とエールを送った(1989年9月、東京・創価学園の講堂で)
●東京・創価学園 第2回学園祭(1989年9月)

 〈1989年(平成元年)9月30日、創立者・池田先生は東京創価小学校、創価中学・高校の第2回学園祭のメイン行事に出席した。先生はスピーチの中で、記録を打ち立ててきたスポーツ選手たちの姿を紹介。「輝け! ぼくらの青春まつり」とのテーマを掲げた学園生たちに向かって、“挑戦の青春”を、とエールを送った〉
  
 真実の「青春」とは何か。絶えず「心の青春」を輝かせていく要件とは何か。
 それは「挑戦の魂(チャレンジ・スピリット)」である。「挑戦」なきところに青春はない。それはすでに老いた「生」であり、あくなき「挑戦」の気概にこそ「青春」は脈動する。
 樹木でも、若竹のようにグングン伸びゆく姿には「若さ」の輝きがある。天をめざし、風雨に洗われてたくましさを増す若木には、さわやかな「挑戦」の心がみなぎっているかのようだ。
 ある意味で、人生の価値とは“記録への挑戦”から生まれる。先人が築いたあの記録を、どう破るか。自分のこれまでの最高記録を、どう更新し、書きあらためるか。その“挑む”姿勢から、勝利と満足の人生が開かれていく。ゆえに、一人一人が、何らかの“わが新記録”をつくり、積みかさねていかねばならない。記録は次々と打ち破られ、ぬり替えられてこそ意味があるからだ。
  
 〈池田先生は、陸上競技で長く“人類の限界”と考えられていた「1マイル(約1・6キロ)4分」の壁が、一人の突破をきっかけに次々と破られるようになった歴史や、「世界記録破り」とも呼ばれたチェコスロバキア(当時)の長距離ランナーのザトペック選手が仲間から「やりすぎ」と言われるほど鍛錬を重ねた逸話を紹介した後、記録に挑む姿勢について語った〉
  
 記録への挑戦――その人生のドラマを栄冠で飾りゆくために、いかなる鍛錬が大切か。何より、「基本の繰り返し」ではなかろうか。
 野球のバッターや剣道の選手なら「素振り」。ランナーなら「走りこみ」。この、たゆみない繰り返しが、勝利の基盤をかため、栄光のゴールへのエネルギーとなる。
 勉学にも、王道はない。基礎を地道に学び、基本をみずからのものとしていく以外にない。教科書もろくに読まないのに、ある日、突然“悟り”を開き、どんな問題でもスイスイと(爆笑)――そんなことはありえない。
 何事であれ、基礎のある人は強い。時の流れに朽ちることがない。時とともに向上し、不滅の輝きを放っていける。
 「基本」とともに大切なのは、あれこれと「迷わないこと」である。
 工夫は当然であるが、あれやこれやと策や方法のみにとらわれ、目うつりしていては着実な向上はない。熟慮のうえで、いったん決意したことは、しっかりと腰をすえて取り組むことである。

第2回学園祭のメイン行事でスピーチする池田先生
第2回学園祭のメイン行事でスピーチする池田先生
ほめたたえる

 〈続いて先生は、選手を育てる指導者の役割にも注目する〉
  
 人生においても、小さな自己を乗り越え、つねに自身の「新記録」を達成しゆく生き方ができるかどうか――これは、よき指導者につくかどうかが重要であるともいえよう。では、選手の自主性を引きだし、力量を伸ばすためには、コーチとして、具体的にどのような点を心得て、選手に接していけばよいのか。
 その一つは、コーチは選手を上手にほめてあげなくてはならない、ということである。
 叱られて伸びる選手もいるが、多くは的確にほめられて伸びるものである。もちろん、それは選手自身が真剣に練習している場合にかぎることはいうまでもない。
 仏法には次のように説かれている。――ほめられれば、わが身がどうなろうとかまわずにがんばり、そしられる時にはまた、わが身が破滅することも知らず、振る舞ってしまう。これが凡夫の常である――と。
 一人の人を温かく包み、ほめたたえていく。そこから、その人の新たな発心と成長がはじまる。そして、その蘇生の姿は、周囲に新鮮な活力と潤いを広げるにちがいない。
 さて、コーチの選手への接し方として、もう一つ大切な点について考えてみたい。
 それは、選手の成長を阻んでいる「一凶」、すなわち根本的な「欠点」を直させることである。たくさんの欠点があるようでも、それらは一つか二つの“元凶”に根があることが多い。
 小さな欠点であっても、大きなつまずきの原因にならないとはかぎらない。しのぎ合いのなかでは、それが致命傷になることさえありうる。そんなことになっては、あまりにかわいそうだ。何とか「一凶」を取り除いてあげたい――こうした気持ちからの適切なアドバイスによって、見違えるように力を発揮し、“壁”を突破する選手も多い。
 これは、どのような団体や組織にもいえることである。「ほめて長所を伸ばすこと」と「克服すべき欠点を自覚させること」の両方が、バランスよくかみあってこそ、一人一人の能力を最大限に引きだすことができるのである。

「一人」の勝利から

 〈先生は、記録の向上や更新を阻む心理的要因として、①「これくらいでいいか」という闘争心の衰えや慢心、②「強制されてやっている」と思う圧迫感、③自信のなさからくる不安、などがあると指摘。それらを打ち破るために、①謙虚に“自分への挑戦”を続けること、②自分なりに納得して「主体的に」取り組むこと、③「やるべきことは、すべてやりきった」と言えるまでベストを尽くし抜くこと、などを挙げる。最後に、「一人」の勝利が、皆の勝利に通じていくと語り、その一人になってほしいと期待を述べた〉
  
 輝く「人生の新記録」は、自分のためばかりでなく、多くの人の喜び、誇りともなっていくものである。
 “裸足の英雄”と言われたエチオピアのアベベ。彼は、オリンピックのローマ大会(1960年)と東京大会(64年)の2回、マラソンで連続優勝している。かつてだれびともなしえなかった偉業である。東京大会でも、日本をあげての拍手喝采をあびたが、初優勝のローマ大会は、まさに劇的であった。

1960年のローマ五輪のマラソン競技で、裸足で快走するアベベ・ビキラ選手(AFP=時事)
1960年のローマ五輪のマラソン競技で、裸足で快走するアベベ・ビキラ選手(AFP=時事)

 エチオピアは、かつて、イタリアの独裁者ムッソリーニに征服された(1936年~41年)。皇帝はイギリスへ、涙の亡命。オリンピックは、その24年後である。
 かつて皇帝を追いだしたイタリア。その首都ローマでのオリンピック。アベベには“この地で、皇帝の無念の思いを晴らしてみせる”との深い決意があったにちがいない。
 アベベは、ローマで見事に優勝した。勝った。しかも「オリンピックの華」マラソン競技である。世界中が沸いた。アベベは言った。「私は皇帝のために走った」「わが祖国がはじめて手にしたこのメダルは、皇帝に献上したい」と。
 人々は、その心情、祖国愛に涙した。「エチオピアはその一兵士によって、ローマに雪辱した」と、ある新聞は書いた。
 アベベ「一人」の勝利は、エチオピアの「すべての人々」の勝利であった。「一人」が立てばよい。「一人」が勝利すれば、それは「全員」の勝利へと通じていく。諸君は「その一人」となっていただきたい。
 自分なりの「青春の金メダリスト」「青春のチャンピオン」「トップランナー」、真の「勝利者」の栄冠をつかんでいただきたい。諸君が、その“挑戦また挑戦”の道を歩みゆくことを私は信じ、祈っている。

  
  
 ※スピーチは、『池田大作全集』第57巻から抜粋し、一部表記を改めた。
  
 〈ご感想をお寄せください〉 news-kikaku@seikyo-np.jp

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする