興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

あきらめる事と受け入れる事 その2

2020-02-17 | プチ臨床心理学
前回の続きです。

あきらめと受け入れのプロセスにおいて多かれ少なかれ必然的に伴うものは、何らかの喪失体験であり、そこには悲哀の仕事(grief work, mourning work、喪の仕事) が伴うというところで前回は終わりました。

人間の悲哀のプロセスについて語るときに避けては通れないのがアメリカの精神科医エリザベス・キューブラー=ロスの「死の受容プロセス」です。

この彼女のモデルは臨床心理学や精神医学の分野では余りにも有名なのでご存知の方も多いかもしれません。元々は人が自身の差し迫る死と向き合う時、また、大切な人の死についてのモデルでしたが、その後、死に限らず、様々な喪失体験における受容のプロセスに適用されるようになりました。

エリザベス・キューブラー=ロスの悲哀のプロセス(The Five Stage of Grief) は、1)否認(denial)、2)怒り(anger)、3)取り引き(bargaining)、4)抑鬱(depression)、そして5)受容(acceptance)の5つのステージから成り立ちます。

最近ではそこにDavid Messlerが6つ目のステージである6) 意味(meaning)を加えることでさらに有益なモデルとなりました。

詳しい説明に入る前にお話しておく必要があるのは、キューブラー=ロスの悲哀のプロセスにおいて誤解されがちな幾つかの重要なポイントです。これは以前このブログで紹介した性被害者の回復のプロセスであるレイプ・トラウマ症候群(Rape Trauma Syndrome, RTS)とも共通しています。

まず、すべての人がこの5つ全てのステージを経験するわけではありません。

例えば怒りのプロセスを経験しない人もいれば、取り引きの経験をしない人もいます。

それから、これはあくまで一般論であり、必ずしも1〜5へと順番に線形に進んでいくわけではありません。最初に来るのは怒りかもしれませんし、いきなり抑鬱かもしれません。

さらには、このプロセスには多くの場合、上りの螺旋階段のように、巡回しながら徐々に回復していくものです。

360度の円周なので、同じような景色を何度も体験します。しかし高度は徐々に増しているので、本人には堂々巡りに思えても、実のところ、確実に前進しているのです。そして徐々に景色も変わっていきます。

これも要注意ですが、治療者にもこのモデルを誤って解釈している方が少なからずおられます。

これは喪失体験をしている人の情緒体験にラベリングするものでもなければ、この通りに進まなくても良いのですが、この5つのステージやその順番に固執して、クライアントさんを「このステージに行くべきだ」と促したり、「あなたは今このステージで、次はこういうステージに行くのです」と決め付けたりします。

喪失体験は人それぞれであり、極めて個人的なプロセスです。そこには当然、善悪も優劣もありません。

もうひとつ、これもいわゆる専門家でも誤解している人がいますが、悲哀の仕事が完了するというのは、その人が故人に対して何も強い感情を感じなくなることではありません。

悲しみはいつまでも残りますし、時折その人の事を思い出して抑うつ的になる事もあります。時に怒りを感じる事もあるかもしれません。

ただ、悲哀の仕事を完了した人は、それでも先に進みます。

その喪失体験から多くの事を学び、そこに意味を見つけ、その故人との思い出を大切にしながら新しい誰かを好きになったり、新しい誰かと親密になったり、新しい事を始めたり、挑戦したり、その後の人生を展開していきます。

つまり、たまに強い感情に襲われる事や、いろいろ思い出すことが、その喪失体験を乗り越えていないというわけではないのです。

(続き)