興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

自己愛の問題が会話に出るとき

2015-07-14 | プチ精神分析学/精神力動学

 自己愛(Narcissism)という概念には、実に様々な定義や考え方がありますが、臨床心理学的な意味で平たく言うと、「自分に重きを置く心理」「自分を大事に思う気持ち」というようなことが言えます(実際はかなり複雑な概念ですが、ここでは便宜上、平たく言います)。

 自己愛は、人間が誰でも持っているもので、現在の精神分析学、臨床心理学においては、自己愛そのものが悪いものとはみなされていません。問題は、自己愛の性質と度合いであり、ここにとても大きな個人差があります。これは健全な自己愛(Healthy Narcissisim)と、病的な自己愛(Pathological Narcissism)の違いですが、実際のところ、これはカテゴリーの問題ではなくて、スペクトラム的な問題です。そして、この自己愛が、平均的な人たちから明らかに逸脱して病的に強い人が、自己愛性人格障害、自己愛性パーソナリティ障害 (Narcissistic Personality Disorder)といった診断基準を満たすことになります。

 ところで、自己愛には、その性質的に、誰から見ても分かりやすいものと、そうでないものとあります。しかし、その人の自己愛の強さというのものは、その人の言動の端々に見られるものであり、たとえば、その人の会話のパターンからも分かります。

 もうひとつ話しておくべき大事なことがあります。それは自己愛を定義づける基本的な特徴で、それは、自己中心性と、共感性の問題です。

 さて、本題に入りますが、皆さんが、誰かと会話をしていて、別に攻撃されたわけでもないのになんだかとても嫌な気持ちにあった時があると思います。そういう時、相手の人に、自己愛の問題がある可能性があります。精神分析学、臨床心理学に精通したサイコセラピストは、普通に誰かと話をしていて、すぐにそうした問題に気づきますが、たとえばどのようにして、その人の自己愛を認識しているかと言いますと、次のようなものがあります(脚注1)。

1) 話の内容そのものに、その人の、他者に対する共感性の欠如や、冷淡さ、尊大さ、自己中心性、搾取性、特別意識などが見受けられる場合。

これについては、多くの人が、自然に感じるものだと思われるので、説明を省きます。

2)マシンガントーク。

これは文字通り、相手が話す時間や、相手の気持ちをあまり考慮に入れずに、または、相手の反応を気にせずに、とにかくしゃべりまくる人たちです。ひどい人になると、大きな声で、ひっきりなしに、間髪を入れずにしゃべりまくりますが、もう少し程度のよい人に、相手の反応を一応は見ているけれど、それでもしゃべりたいことがあり過ぎて、しゃべることに夢中になっていたり、相手が話す余地を少しは与えるけれど、すぐにまた自分ばかり話してしまう人たちです。

 どうしてこういう人たちに自己愛の問題があるかといえば、ここにも、先ほど触れた、自己中心性と、共感性の問題があるからです。

 まず、こういう人たちは、相手の考えや思っていることよりも、自分の話の方に興味があります。相手の話を聞くよりも、自分の話を相手に聞かせることを優先しています。極端な場合、相手の話よりも自分の話の方が重要だとか、面白いという認識があったりします。

 共感性の問題と言うのはつまり、このようにマシンガントークを延々と聞かされて、相手はどう感じているのか、相手は他に何か話したいことはないのか、相手は本当に自分の話を楽しんでいるのか、相手の立場に立ってものを考えたり感じたりすることができていません。受話器を耳から話して5分放置したけれど、5分後に受話器に耳を近づけたら、まだ話し続けていた、などという人もいますね。

3)口数はそれほど多くはないけれど、相手の反応とは無関係に自分の興味ある話ばかりする人。

この場合も、(2)とほぼ同じ理由で、その人の自己愛が表れています。

4)あなたの発言を無視して、自分の話を始める人

 このタイプの人は結構多いのだけれど、これが上記のマシンガントークと併存している場合は別として、意外と分かりにくいものです。あなたが相手に何かを質問した時、ほとんど自然にそれを無視して話し続けたり、別の話をする人たちです。

これも、共感性の問題や、自己中心性の問題です。たとえば、あなたは興味があって質問したわけですが、その人は、あなたのそうした好奇心などの気持ちを無視しているわけです。ところでこういう人たちに多いのは、自分が相手を無視していることにも気づかない場合です。「質問に答えてよ」、と改めて言うと、はっと気づいたように答えてくれるのは、比較的自己愛の問題が軽症な人たちです。

5)あなたの発言や質問に対して、話を逸らしたり、話題を変えたりすることを常習的にする人

これは、(4)のバリエーションで、(4)とほぼ同じ理由で、自己愛の問題の表れです。

 自己愛の問題は、その自我親和性から、なかなか病識が持てないもので、故にそれを本人が認識するのはなかなか難しいのですが、なかには自分の自己愛の強さをきちんと認識し、問題視している人もいます。そうした人たちから、「どうしたら自己愛の問題を改善できるのか」という質問をしばしば受けます(ところで、こういう質問をする方たちの自己愛の強さは、それほど深刻ではない場合が多いです。矛盾するようだけれど、こうした人たちの洞察力や、内省は、自己愛の健全さとも関係しています)。

 もしあなたも自己愛が強いのではないかと不安だったり、実際に誰かからそのように言われて、ある程度の気づきもあって改善したいと思っていたら、あなたの会話のパターンにおいて、上記の(1)から(5)のなかに、該当するものがないか、よく見つめて、考えてみてください。そして、実際に誰かと会話をするときに、こうしたことに注意を向けてください。

 もしこうしたことを自分がしていることに気づいたら、改めるようにしてください。こうしたことを心掛けて、日々こつこつと練習していくと、自己愛の問題も少しずつ改善されていきます。

 まずは、相手の話に耳を傾けて、自分が話しているときは、相手の反応に注意を向けるように心掛けてみてください。


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 (脚注1) ここでもうひとつ大事なことがあります。こうした会話における特徴は、それがその人の置かれている状況や、一時的な心理状態による場合と、状況や心理状態とはあまり関係なく一貫している場合とあります。

前者の場合、その人が特に強い自己愛の持ち主であるとは限りません。むしろ、一時的に、その人の自己愛が強くなっている可能性のほうが高いです。

というのも、自己愛は、人それぞれの基本的な強さに加えて、状況による多少の変動があるからです。

たとえば、ある人がものすごく動揺していたり、腹を立てていたりして、普段は見られないようなすごい勢いで話し続けることがあります(例:マシンガントーク)。この場合、その人が、ある状況下における、ある精神状態で、一時的に自分のことで頭がいっぱいになっている(つまり、一時的に自己愛が強くなっている状態です)ということが考えられます。よって、その人の問題が解消されたり、精神状態が変われば、その人の話し方は、いつも通りに戻ります。