
ドイツのハイデルベルクという美しい街へ留学に出たのは30年前。あまりに居心地が良くて2年のつもりが7年にも及んでしまった。
かの地の大学の医学部で「がんの自発的寛解」について研究し、博士論文を書いた。それは診断の確定したがんが、外から施された治療では説明できない形で、縮小・消滅する現象だ。私はそこに治癒の大事なヒントがあると感じていた。ドイツ国内で情報を募ったところ100を越える事例が集まった。それぞれのカルテを取り寄せて、大学のがん専門医に見せながら、定義を満たす症例を絞り込んだ。その結果12例が残った。つまりがんの自発的寛解は実際に起こっている、ということがまずわかった。その内の6例は5年以上再発が見られないため、医学的な「治癒」に該当した。
次に私はその12人の体験者を訪ねて、どんなプロセスで治っていったのか、そこで何が大事だったのかをお聞きした。その詳細をここでは簡単に書くことができない。というより表面的な伝え方では、「こうすれば治る」という誤解を広めることになりかねない。それほど治癒の物語は個別的であり、多様だった。
そうした説明よりも、私はこの現象それ自体が、外に癒しを求め、外から生命をコントロールしようとする傾向への根本的な問いかけなのだと思っている。体には自(おの)ずから治る力がある。その自発のはたらきがあるからこそ体は体として成り立っている。外からどんな治療を施しても、裡うちなるはたらきがなければ治るということもない。がんの自発的治癒とは、その広い生命の自発性のひとつの現れなのだ。
(北海道新聞〈魚眼図〉2024年10月29日掲載)
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