小田博志研究室

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種のいのち

2018-05-08 | 魚眼図

 北インドのほこりっぽい道路を、タクシーで猛然と走り抜ける。ひとつ曲がって、その敷地に入ったとき、空気が変わった。穏やかで、澄んでいる。耳に聞こえるのは、鳥たちのさえずり。大麦が実った畑の前に立つと、キラキラと輝いている。いるだけで心地いい場所。ここはナヴダーニャの農場だ。

 ナヴダーニャとは九つの種という意味。多様な作物の種を守るために、その農場が22年前にデラドゥンという町の近郊に開かれた。その当時、小麦、米などの新しい品種を化学肥料、農薬を使って栽培する「緑の革命」がインドに押し寄せてきた。一方、農民がそれぞれの土地で栽培し続けてきた品種がどんどん失われていった。この状況に対して、研究者で環境活動家のヴァンダナ・シヴァが、在来種・固定種の種を守るためにこの農場を立ち上げた。

 ここのシードバンクにはなんと約700種の稲、200種の麦など多種多様な作物の種が保管されている。農場を回って僕が驚いたのは「12の作物」の畑。文字通り12の異なった穀類と豆類が混ぜて栽培されている。この方が病害虫や気象変動に強く、収量も多くなるそうだ。同じ作物だけが植えられた畑の概念がくつがえされた。

 この居心地がいい農場のコンセプトは「多様性」だ。いのちの自発性が躍動し、人を含んだ多様な生きものが、多様なままに互いを生かし合う。そんないのちの風景がここにある。気がつけば私たちの畑だけでなく山も町も学校も、同じものを画一的に生産する工場のようになってはいないか。季節は春。「種」の内に眠るいのちを感じとってみよう。

 (小田博志/北海道新聞夕刊<魚眼図>2018年5月7日掲載)


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