小川隆吉エカシの笑顔はいつも魅力的だ。しかし、祖先を故郷へ返したときの満面の笑みは格別だった。
北大のアイヌ納骨堂から12箱の遺骨が、2016年7月、日高管内浦河町杵臼への帰路についた。北大の研究者がかつてそのコタンの墓地から遺骨を持ち去ったのだ。その中に小川さんの伯父のお骨も入っていた。祖先の里帰りを実現した感慨はいかばかりだっただろう。
小川さんの人生は、アイヌ民族の権利を取り戻す道のりだった。それが『おれのウチャシクマ(昔語り)―あるアイヌの戦後史』(寿郎社)で語られている。歴史学者の瀧澤正さんとの協働で生まれたこの本は、杵臼での驚くべき生い立ちから始まって、北海道の現代史の一端が目の前で繰り広げられるような迫力に満ちている。ぜひ一読を勧めたい。そこには、いま思い起こすべき「アイヌ民族に関する法律(案)」起草のことも含まれている。小川さんが「最後の闘い」とした、北大に対する遺骨返還訴訟を起こしたところで本書は終わっている。訴訟はその後和解で結審して杵臼へ遺骨が戻り、小川さんは笑顔になれた。
しかし北大の一員としては喜んでばかりいられない。小川さんたちが求めた謝罪はなされていない。他の多くの遺骨と副葬品の帰郷も実現していない。持ち去った側が子孫の声に耳を傾けて対話を重ね、心から謝罪をし、誠意をもって元の土地に戻すことが返還・帰還のあるべき姿だ。
北大の私たちが「アイヌ・ネノ・アン・アイヌ(人間らしい人間)」となれるよう、扉をたたき続けてくださった小川隆吉エカシに、心から感謝したい。
◇「ウチャシクマ」の「シ」は小さい字
(北海道新聞夕刊<魚眼図>2021年2月26日)

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