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思考の部屋

日々、思考の世界を追求して思うところを綴る小部屋

白鳥は かなしからずや 空の青

2016年01月12日 | 風景

 白鳥と書くと「しらとり」とも読めるし「はくちょう」とも読めます。「はくちょう」は、「ハクチョウ」と書いた方が外国から飛来してくる鳥らしく見え、カタカナの持つ視覚性と表現するのでしょうか形からも「ハクチョウ」を読み解きやすくなります。

 若山牧水の歌に、

 白鳥は かなしからずや 空の青
 海のあをにも 染まずただよふ
  

がありますが、この「白鳥」は「しらとり)で、海が背景にありますから「ハクチョウ」ではないようです。

 NHK歴史大河ドラマ『真田丸』の真田家に関係して「白鳥神社」があります。長野市松代にある警察学校のすぐ近くにある神社で、もともとは真田家が古族海野氏の末裔で海野氏発祥の地、現東御市(小県郡海野郷)に現在にある「白鳥神社」を松代藩に上田市から移る際に分祭したものです。

 この「白鳥神社」は「しらとり」と読み、海鳥の「白鳥」ではなく、「ハクチョウ」の「白鳥」です。現在の千曲川はダムによって水量が少なくなっていますが、昔は下流の信濃川のように水量が多く、河川にできた天然湖に多くの「ハクチョウ」が飛来していたのでしょう。

 

 昨日はこの冬二回目の御宝田の人造湖に出かけ、ハクチョウの数を数えてみました。

 

 約40羽、やはり少なく、近くの犀川のダム湖付近の数を合わせても60羽はいないような気がします。


隕石雲?

2016年01月10日 | 風景

夜明け前に東の空に不思議な飛行機雲?を見た。

いつものように安曇野の夜が明けた。夜明け前に飛行機雲が北から東に流れる。



この水平に流れる雲を見て、間もなくこの雲が消えると、北東方向に、

 

今朝は見たこともない天空から降りてくる飛行機雲の似た筋雲を見た。

ロケットならば地上から天空への筋雲になるが、今朝見た筋雲は天空から地上へ落ちるように見えた。

 

 東方向に見えるこの雲、落ちるとなると美ヶ原高原の山陰に消えるのだが、その後筋雲は途中で切れた。風による現象だろうか縦の筋雲が崩れ始めた。

 

 たぶん隕石の落下による雲だろうか。

 


熱気球と北アルプス常念連峰

2016年01月03日 | 風景

 3日の朝、今日は朝から快晴。朝日に照らされ輝き始める常念岳を写しに出かけました。

 陽が昇りはじめ積雪を徐々にオレンジ色に染めていく常念岳。



 

 間もなく安曇野の三郷付近から熱気球が上がり、北アルプスの山々と気球も絵になるのではと思い立ち、山麓線を下り5年ほど前のNHK連続テレビ小説“おひさま”で紹介されていた常念岳と有明山が見えるスポットの出かけました。

 

 蝶ヶ岳、常念岳、燕岳、有明山の山々を背景に、熱気球を撮りました。









 

 どのくらいの高度で飛んでいるのでしょう。池田町美術館(700mほど)に出かけました。場所を変えたり、高さを変えたりと7ごろから9時ごろまで、カメラが趣味というわけではないのですが何かにかり出されるように出かけてしまいます。





 

 ガスを燃焼させる音が聞こえます。静かに静かに北方向へ風に流され、松川村付近まで来たところで高度を下げて着陸態勢に入るようなので、私も今朝はここまで。

 帰宅後NHKの法隆寺紹介番組を見ながらブログアップしています。


安曇野の新年

2016年01月01日 | 風景

あけましておめでとうございます。

 

2016年になりました。

次女が仕事の関係上、公務性が強く帰省禁止が出てしまい不在の父母、妻、長女の5人で新年を迎えることになりました。

妻と長女は、これからおせち料理をもって次女の居る飯田に向かいます。


(有明山も雪化粧となりました) 

小生はこれから近くの有明山神社に出かける予定。

だまって 新年の草鞋(わらじ)穿(は)く

今年という一念が始まります。

 

 (浅間山 今朝も蒸気を上げています)

 


安曇野から見える百名山・浅間山

2015年12月29日 | 風景

 安曇野市から見える日本百名山があります。

 富士山(3776m)から八ヶ岳(2899m)までの百山です。その百名山の中に私の住む安曇野市有明宮城山麓から見える山があります。

 その山はちょうど東方向に見え近くの山と山の間に見ることができます。今日は朝方雪降りの天候でしたまもなく止み、昨日につづいて空気の澄んだ青空が広がりました。

 見える山とは長野県と群馬県の境にある活火山の浅間山(2524m)です。NHKのタモリさんのブラリ番組でも紹介され、軽井沢は浅間山が作り出した保養地です。

 個人的に出身地が東御市で、浅間山は身近な山でしたので今は安曇野市の宮城に住み浅間山が見えることを知りはじめてこの目で見た時の感動を昨日のように思い出します。

 浅間山は、雲や霞で見えないこともありますが見えるときにはいつの間にか目が向いています。

 今頃の季節は、浅間山も雪化粧しすそ野は独特な縦線が入り、蒸気が立ち上る景色は何とも言えません。

 

 今日の午後三時ころ、陽の光に照らされ光り輝く浅間山がくっきり見えました。ちょうど東方向になります。望遠カメラで撮影、さらに拡大してみると蒸気が立ち上る浅間山の雄姿がクッキリ見えました。


信州松本平、安曇野平から北アルプス常念岳連峰を望む

2015年12月29日 | 風景

 今朝は雪降りとなってしまいましたが昨日は冬ばれの紺碧の空が広がり、北アルプス常念岳連峰が美しく見ることができました。

 松本平、安曇野平は盆地で、西方向にアルプスの山々があり、東側の2000メートルに満たない標高の山々に囲まれています。

 北アルプスの絶景を望むならば、東の山々からということになり、各地に展望台が設置されています。松本市ならば城山公園、アルプス公園から、また安曇野方面からならば長峰山、光城山そして池田町の池田美術館からとなります。

 盆地の北にあたる池田町からとなると常念岳の絶景が見えなくなり、一番雄大な景色はやはり長峰山となります。しかし年末のこの季節は冬シーズンの山道閉鎖で行くことができません。

 こういう時に頼りになる展望台があります。城山公園、アルプス公園の北に位置する芥子坊主山(891.5m)、望むという字で芥子望山(けしぼうずやま)とも呼ばれる車で気軽に行ける山があります。

 盆地の東側にある美ヶ原高原からきに位置する北の白馬方面の山々まで見えます。

 昨日はそこへ行き山々を撮りました。


(東に位置する美ヶ原高原方向)



(東南方向に見える塩尻市方向)



(南方向に見える上高地乗鞍方面)



(真南の方向、中央の窪んだ所に上高地線があり上高地や安房峠を通り高山に行くことができます)



(西方面に見える常念岳連峰、白馬連峰方面)


(常念岳のやはり風が強い山雪煙が見えました)



(鉄塔の向こうに見えるのが有明山・安曇野からは高い山に見えますが2000mに満たない山であることがよくわかります)



(乗鞍岳は頂上付近しか見えません)



(美ヶ原高原のテレビ塔群)



今年は雪が少なく白さが際立ちませんが、この雄大な景色はいつ見ても魅かれます。 


安曇野の秋

2015年11月04日 | 風景

文化の日 秋晴れの中北アルプスの中房渓谷から池田町の美術館などを巡りました。中房渓谷の紅葉も間もなく終わり、渓谷から大天井岳方向を見るともう雪山になっています。

 





燕岳、大・東天井岳、そして横通岳から常念岳へと縦走の出来る登り口にもなる中房渓谷のこの道の秋の色です。

午後は池田町の美術館に出かけ、安曇野平と北アルプスを一望しました。



標高2000mには雪



雲で見えませんが、パノラマ写真の解説パネルを見るとよくわかります。

そして、ご近所の鐘の鳴る丘へ、



やはりここは見事でした。桂の木から漂う甘い香りの中、陽の光に赤や黄色の葉が輝いていました。 


 

 

 


私の通勤道路(安曇野)

2015年10月02日 | 風景

 ちょうど今から4年前になりますが安曇野を舞台にした女優の井上真央さんがヒロインのNHK連続テレビ小説「おひさま」が放送されていました。

 番組の冒頭に必ず出てきた北アルプスの常念岳を背景にまっすぐに伸びる農道の風景です。すっかり今は稲刈りも終わり一ヶ月もしないうちの2500mあたりから雪で白くなり始めるでしょう。

 

 4年前と変わらず有明山の麓から松本市へと通勤しているのですが、その当時とは異なり別ルートを通勤道路としています。その道が冒頭に書いた番組の農道です。

 

 朝夕この道を通るのですが、何か安心する風景です。単なるまっすぐにのびる農道なのですが朝きり、朝もや・・・夕方の帰宅時間帯は夕焼けの北アルプスを見ることができます。

 往復70km。もう10年も松本市通勤を行なっていることになります。

 もうこのへんでよかろうとおもうのですが、風景に後押しされているのかも知れません。

 都会に住む人にとっては贅沢な話。

「ありがたさ」

とは、このような日々にあるのかも知れません。


今在るを見る。

2015年07月15日 | 風景

 早朝の田圃道を下り夜明けのなか薬師堂参りを行なう。標高700m、昼間の松本市内の暑さが恐ろしくなります。

 

 「吾々のいるところは現在であって、その現在から時が考えられるべきである。時は、現在を中心にして、それから過去、未来という風に考えられるのである。四世紀の頃、アウグスチヌスも、懺悔録の中で言っているのであるが、時は普通、過去、現在、未来という風に考えているが、しかし時はいつでも現在のうちにのみ考えられる。過去と考えているとき、考えているところに在るのであり、未来と思っているとき、思っているところにあるのである。従って、現在の過去、現在の現在、現在の未来というものがあるのである。これは自分というものがあるからである。即ち、過去は記憶である。現在は直覚するのである。未来は待ち受けることである。」(『語る西田哲学ー西田幾多郎談話・対談・講演集』書肆心水・「時と人格」p29)

 西田先生の言葉とは思えないほどわかり易い言葉。

 歩を進める中に刻みがあるのですが、朝の風景は体感とともに何かを大いに何かを語っているように思う。

 鳥のさえずりや稲の葉に付く朝露。

 過ぎ去った過去に惑わされ、来たらざる未来に一喜一憂する、わが身が恥ずかしい。

 

 朝露の黄金の輝きは何を語るのか。

 我は今の刻みに身を置く。


室山池に睡蓮が花ひらく

2015年06月14日 | 風景

 今年も安曇野市の西部に位置する室山地区にある池に睡蓮(スイレン)がその可憐な姿を見せています。

 

 睡蓮は、古代エジプトの高貴な花としてされ、極楽浄土の花の蓮(ハス)は、7月ごろさきその花の姿は仏の台座のように何か神聖なものを感じさせる。

 

 

 金曜日の新聞に写真入りで報じられたので、昨日土曜日の昼頃に人出があるかと思って出かけたところ、さほど観賞者は来ていませんでした。