スリランカの政治情勢は正直言って全く分かってなく、最初は少々うろたえる。映像も全編泥臭く、敢えて映像美というものから距離を置いたかのようなオーディアールの姿勢に自分自身はっとする。きつい映画である。
難民がいかに生きて行けるのか、幸運にも難民として受け入れられ第二の祖国で生活を始めたといっても、そこは野戦病院かブラックなやくざしか住んでいない郊外のスラム団地である。
僕にはこのギャングたちとディーパンの心の関係性があまり理解できなかったので、何かこの作品に深く入り込むことはできなかったが、フランス然り、難民を受け入れている国の政治状況は大方こんなものなのだろう。それらを他山の石としてある意味呆けている自分を深く思い知ることとなる。
最後のオブラートで包んだかのような、あの偽家族が本物となっていたシーン。映画では男の妄想に近いものなのか、それとも現実のものだったのか明確ではなかった。家族をあのような形で消失した男が、のうのうと普通の幸せに身を投じることができるのか、僕には疑問だったからだ。
難民受け入れを他山の石としている日本人には、本当の彼らの苦悩は永遠に分からないものなのだろうと思う。そういう意味でも現代の日本に冷水を浴びせかける映画であると思う。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます