唐十郎『任侠外伝・玄界灘』(1976年)を観る。舞台は下関である。
朝鮮戦争時、学生の沢木(宍戸錠)と近藤(安藤昇)は米軍の死体処理のバイトをしていた。飛び出た内臓を思い出して、食っていたラーメンを吐く始末。謎の男(唐十郎)が現れ、どうだ朝鮮半島に渡ってみないか、倍は稼げるぞと唆す。釜山では遺族に戦死を告げる仕事、どさくさ紛れに強姦さえしてしまう。そこで殺してしまった女性は翌日蘇生するも、やがて恨死する。
二十数年後。沢木と近藤は韓国からの密航と東京への人身売買によって稼ぐやくざになっている。彼らとその手下たちも、密航者たちを暴行する。近藤の舎弟は直情の男(根津甚八)。そして密航者の中には、かつての強姦により生まれた娘(李麗仙)と証人の男(小松方正)とがいた。近藤への復讐のためだ。
業と獣欲にまみれた、あまりにも酷い物語だが、なぜかフィルムには唐の情と色が溢れている。主役の宍戸錠と安藤昇という組み合わせが凄まじく、他の面々も異常なほど濃い。李麗仙は唐十郎の妻だった時期である。唐の底知れない迫力もいつも通りだ。何年前だったか、井の頭公園に赤テントが張ってあって、その囲まれた真ん中に椅子を置き、唐が座っていた。写真を撮ってよいかと迂闊にも訊ねると、「あっちを通してください」とニコヤカに答えられた。とても怖かった。
下関は昔も今も国境に面した<際>である。どちらかと言えば、映画の題名を『玄界灘』ではなく『響灘』としてほしかったところだ。かつて私の父は、下関で警官をしていた。勿論、映画では日本権力の走狗として描かれている。在日コリアンの多い町にあって、数年間、何を考え何を視ていたのだろうか。
私にとっても関釜フェリーは今に至るまで憧れだ。夜、AMラジオを聴いていると、韓国語放送ばかりになり日本語を探すのが困難なほどだった。
『アートシアター ATG映画の全貌』(夏書館、1986年)より
ところで、この映画は初めて映倫の「R指定」を受けた作品である。先日所用のついでに東銀座をぶらついていると、何気なく覗いた雑居ビルの中に映倫があった。奇妙な感覚だった。
●参照(ATG)
○実相寺昭雄『無常』
○黒木和雄『原子力戦争』
○黒木和雄『日本の悪霊』
○若松孝二『天使の恍惚』
○大森一樹『風の歌を聴け』
○淺井愼平『キッドナップ・ブルース』
○大島渚『夏の妹』
○大島渚『少年』
○新藤兼人『心』
○グラウベル・ローシャ『アントニオ・ダス・モルテス』