Sightsong

自縄自縛日記

澤地久枝『密約』と千野皓司『密約』

2012-02-11 13:27:36 | 沖縄

澤地久枝『密約 外務省機密漏洩事件』(岩波現代文庫、原著1978年)を読む。編集者のSさんに早く読むべきだと促されたこともあり、また、TBSドラマ『運命の人』が始まったこともあり(録画するばかりでまだまったく観ていない)、早く小説やドラマでないルポを読んでおきたかったのである。

沖縄の施政権返還を巡っては、さまざまな密約がある。そのひとつが、返還後も有事の際に核兵器を持ちこんでよいとするもので、佐藤・ニクソン間で若泉敬が動いたことが知られている。また、本書の主題であり、かつ当時「外務省機密漏洩事件」として裁判となったもとの密約が、沖縄の土地の原状回復費に関する密約である。

返還に際して、地権者の土地の原状回復費400万ドルについて、米国が支払わないとの姿勢を示した。これに対し、佐藤栄作政権と外務省は、その分を日本が肩がわりしながらも他の支払いに紛れ込ませ、その負担を隠蔽しようとした。毎日新聞記者の西山太吉氏は、外務省事務官の蓮見喜久子氏に個人的に依頼して密約関連文書を入手、記事のネタとした。これが発覚したのは、社会党(当時)の横路孝弘衆議院議員が佐藤政権を追求する際に、文書の存在を明らかにしてしまったことだった。蓮見氏が警察に出頭、国家公務員法違反(機密漏洩の罪)とされ、一方の西山氏は国家公務員法(そそのかしの罪)に問われた。

裁判は、密約外交を行う国家のあり方や国民の「知る権利」についてよりも、ほとんどは西山氏・蓮見氏の「特別な関係」にシフトしていった。地裁、西山氏無罪、蓮見氏有罪。検察の控訴による高裁、西山氏有罪。最高裁、上告を棄却。西山氏については、取材時のモラルが問題とされた。その後、民主党政権になり政府でも問題再燃、外務省では「広義の密約」があったと結論付けている。西山氏は現在も密約文書の開示を求めて訴えており、問題はまだまだ終わっていない。

本書は、国会において、如何に佐藤首相、福田赳夫外相といった政治家や外務省官僚たちが、のらりくらりと問題をはぐらかしていたのか、また、一連の裁判において、如何に本来裁かれるべき問題が健忘され、「下半身問題」にすりかえられてしまったのかを描いている。濃密なルポである。

著者の澤地氏は、「秘密」なるものに根本的な疑問を呈している。行政府が定める国家機密は、検察の論理においては「相手国と相対立する利害があることを前提としている」とされているが、この件は、国民の決定権や知る権利をまったく無視して国民の税金を使ったものであるから、「自国民の利害と相対立する部分をふくみ、一政府の対面と相手国の利益を守るためのものではなかったろうか」と書いているのである。このことは、機密漏洩問題がウィキリークスの活動によって出てくる現在でも変わらない。

ここで引用されている大島渚の発言は面白い。

「知る権利などというのは自明のことだ。極秘資料のスッパ抜きに次ぐスッパ抜きを!今こそ日本中を、スッパ抜きした極秘資料をもってあふれかえさせること。極秘資料一つ入手できない政治家は政治家でないこと新聞記者は新聞記者でないことを確認しよう」

また、最近、『運命の人』での自身の描かれ方に激怒しているらしきナベツネこと渡辺恒雄・読売新聞G本社会長が、読売新聞解説部長当時、国家機密も当然スクープの対象であると述べたとの記述もある。

ついでに、千野皓司『密約 外務省機密漏洩事件』(1978年)を観る。もともとはテレビ朝日のドラマとして製作されたものであり、2010年にはリバイバル上映もされている。ほぼ澤地氏の原作をなぞったような形となっており、いかにもサスペンスドラマ風のつくりや画像ではあるが、それなりに面白い。

ここでは、澤地氏の考えは、他の新聞記者に取材の思いを語るかたちによって表現している。蓮見氏が裁判において権力に都合のよい女性を演じ、その一方で週刊誌にあけすけに告白し続けた奇妙な様子も再現している。西山氏の新聞社は、明らかに竹橋の毎日新聞社で撮影されているが(窓越しに国立近代美術館の方が見える)、毎日は協力したのだろうか。

名前は以下のように変えられている。

西山太吉 → 石山太一
蓮見喜久子 → 筈見絹子
澤地久枝 → 澤井久代
佐藤栄作 → 加藤首相
横路孝弘 → 横地衆議院議員
福田赳夫 → 徳田外相
安川審議官 → 松川審議官
吉野文六 → 吉川外務省アメリカ局長
スナイダー → メイヤー駐日米大使
ロジャース → ドジャース米国務長官
毎日新聞 → 東日新聞
琉球新報+沖縄タイムス → 琉球タイムス
週刊新潮 → 週刊新時代

西山氏役に北村和夫、蓮見氏役に吉行和子、澤地氏役に大空真弓。吉行和子は大島渚『愛の亡霊』と同じ年の出演、何かスキャンダラスなイメージをかぶせたかったのでもあろうか。澤地氏はともかく、主役ふたりはいわゆる美男・美女ではない。それだけでも『運命の人』よりも本当ぽい?


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2 コメント

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Unknown (ひまわり博士)
2012-02-14 13:40:41
沖縄返還に伴う密約は、この400万ドルの件と若泉敬がリークした核持ち込み密約が有名ですが、まだまだ他にもあるようです。すべて任期中に沖縄返還を実現したい佐藤栄作首相のもくろみですね。
それにしても、「坊主にくけりゃ……」的な考えの人が多くて、寄せてくるコメントの多くは密約問題と下半身問題を切り離して考えることができていません。
五味川純平氏の解説にある「『情を通じ』たからどうだというのか。子供ではあるまいし……」という言が的を射ているとおもいます。
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Unknown (Sightsong)
2012-02-15 00:38:53
ひまわり博士さん
「『情を通じ』たからどうだというのか。子供ではあるまいし……」、まさにそれですね。『運命の人』での扱いをいまの社会の反映とみることができるでしょうか、自分も早く観ようと思います。
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