Sightsong

自縄自縛日記

シンポジウム 普天間―いま日本の選択を考える(4)

2010-03-21 01:05:45 | 沖縄

(3)より続く

休憩を挟んでパネルディスカッション。

■ 古関彰一 (獨協大学教授)

以下の発言。「日米同盟」なる言葉についての整理であり、ちょうど、批判的な立場の人でさえ当然のように使っているのを無神経だと思っていただけに参考になった。

○「日米同盟」という言葉が定着している。しかし、国会でこの言葉を提示して法律をつくったことはない。
○1981年、鈴木首相(当時)がはじめて使った。これが国会での議論に発展し、鈴木は「軍事的な考えを持たない」ものだと説明した。それに対して外相は反対し、辞任につながった。その後、この言葉を使うことはタブーであった
○1996年、橋本/クリントンにより「日米安全保障共同宣言」が公表された。「安保の再定義」と評価されたものであり、安保6条にある「極東の平和」、「日本の平和と安全」が、「アジア・太平洋地域の安定と平和」へと変わってしまった。
○2005年、日米安全保障協議委員会(2プラス2)が、「日米同盟」を言葉として定着させた。このころから、メディアが当然のように使いだした
○これが日本の現在の位置を象徴するものであり、「安保」から軍事同盟と考えられる「日米同盟」に変化したわけである。
○安保6条で、日本に米軍基地を置くことが定められている。本来、安全保障と基地とは不離不可分のものではないにも関わらず、一体のものをずっと継続している。このような取り決めになっているのは日本と韓国だけだ。フィリピンでは、軍事基地協定と安全保障条約とが別々に定められている。
○米国は軍事的関係を50か国程度と結んでいる。そのうち、米兵が駐留している国は少ない(ドイツ7万超、日本4万超、韓国3万超、英・イタリア1万程度)。さらに、冷戦終結後もそのまま温存されているのは日本と韓国のみである。すなわち、北朝鮮と中国は冷戦構造のまま位置づけられていることになる。これでよいのか。

■ 明田川融 (法政大学沖縄文化研究所)

発言は以下の通り。

○1947年、昭和天皇は、共産主義から日本を護るためには物理的な力、すなわち米軍が必要だとのメッセージを、米国に伝えた。また同時に、25年50年のリースだとした。
○25年後といえば1972年、沖縄の施政権返還。50年後は1997年、「安保再定義」や米兵の少女暴行事件の直後。実際に限界が顕れている。
○吉田茂は、沖縄を信託統治にすることは望ましくなく、主権が日本にあるように見えるならば、米国の要求には如何様にでも応えるとした。さらに99年間の基地租借でも構わないとさえ、米国に伝えた。その形にはならなかったが、実態として、無期限の使用を許している。
○ドイツは米国との地位協定における環境条項を数度変更したが、日本はそのようなことを一切行っていない。また、イラクでの地位協定(2008年)には、「イラクの環境は尊重する」と書かれており、現在「密約」で問題視されるようなことを禁じる旨も書かれている。一方、日本の主権など尊重されてはいない
○『砂上の同盟』になぞらえて言えば、「詐称の同盟」だ。

(つづく)
※各氏の発言については、当方の解釈に基づき記載しております。


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4 コメント

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Unknown (Satomix)
2010-03-21 09:50:04
12月以降の報道をみていると、ほとんどが県内移設案で、政府が意図的にリークしているという印象を持っています。沖縄県民を諦めさせる目的で。田村耕太郎参院議員が民主党へ移籍したことで、社民党はキャスティングボードを失いましたし。方向性としては依然県内ですね。
一方、鳩山総理も選挙の時に県外・国外移設を主張していましたし、小沢幹事長も県内移設では国民の理解が得られないとコメントしていたようです。ここに一縷の望みを託すしかないようです(^^;
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Unknown (Sightsong)
2010-03-21 10:29:04
Satomixさん
大手メディアが政府の広報機関と化していて、しかもその内容が米国の恫喝をそのまま伝えるスポークスマンとなっているという有り様なのですね。メディアの罪は重いと言わざるを得ません。
これで県内と言い始めれば、民主党は将来に汚点を残し、支持を大幅に失うことでしょうね。
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Unknown (24wacky)
2010-03-21 11:26:09
詳細なレポートに感謝します。

タイムス記事で古関氏の同発言が気になっていたので、この記事で良く理解できました。

「安全保障と基地とは不離不可分のものではない」とは不意をつかれました。「日米安保=沖縄への基地の押し付け」を論じる時に、それを批判しながらも両者が不可分であることを半ば自明のこととしていたことに気づかされました。

「基地・軍隊を許さない女たちの会」が「軍事力でない安全保障」をと訴えていることも議論に入れながら、反軍事=平和=ナイーブな理想論とみなされ却下されてしまうのではない、一縷の希望の原理を探し出したい、といってしまおう(笑)
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Unknown (Sightsong)
2010-03-21 19:08:13
24wackyさん
今回のシンポジウムは得るものが多い機会でした。仮にナイーヴであっても、ヴァルネラブルであっても、この議論を追っていくことが、強靭な原理になりうるのではないか、と感じたわけです。(マッチョなる建付けは、そもそも人間の本性とは離れたものですし。)
それにしても、やはり沖縄の新聞はネットだけでは限界がありますね。そのうち購読しようかな・・・
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