アピチャッポン・ウィーラセタクン『ブンミおじさんの森』(2010年)を観る。
タイ東北部。森林や自然が残り、ラオスからもメコン川を越えて働きに来る者がいる地域。
腎臓を病んだブンミは、先が長くないと悟り、亡くなった妻フェイの妹ジェンと親戚のトンを呼び寄せた。夜、3人で食事をしていると、そのフェイが半透明の姿で横に座っている。さらには、しばらく前に姿を消した息子ブンソンが、目を赤く光らせ、猿のような姿であらわれた。自然に幽霊や精を受け入れる、彼ら。やがてその時期が訪れ、ブンミは、生者、幽霊とともに、森の中へ分け入って行く。
かつて、映画『象つかい』(チャートリーチャルーム・ユコン)で描かれたように、タイは国土の8割が森林で占められる国だった(現在は3割)。おそらくは、精霊信仰が根強くあったことだろう。生者、死者、森林そのもの、精霊などが、日常生活のなかで共存していたに違いない。いまも街のあちこちに、小さな祠が残っている。
この映画を観ていると、水蒸気が飽和した空気、奥深く濡れた森、タイ語独特の柔らかい響きのなかから、そのような共棲の感覚が立ち上ってくる。しっとりとして長く、茫然としてしまうような時間感覚の表現も見事。
ところで、ブンミがつくっている蜂蜜の味は、タマリンドとトウモロコシの風味がするのだという。タイの森の蜂蜜なんて食べてみたいものだ。