きぼう屋

生きているから生きている

洗足関係☆互いの足を洗い合う

2009年06月11日 | 教会のこと
主イエスが弟子たちの足を洗う
というヨハネ福音書の物語を
日曜日と水曜日に分かち合いましたが

主イエスが弟子たちを愛し抜く
という具体的な事柄として
召し使いの行う足を洗うという行為をされたことは
私たちが愛するというときの
具体的なイメージとして大切だなあと
改めて思いました

さらに
主イエスが上着を脱いで腰に手ぬぐいを巻くというのも
私たちが他者を愛するときの姿勢として
さらに服装として
イメージすべきことだろうと思いました

主イエスは
ネクタイを巻いていたのではなくて
手ぬぐいを巻いていたわけです

しかもジャケットを着ていたどころか
上着を脱ぐわけです

礼拝の服装
とりわけ牧師
さらに教派によっては聖職者と呼ばれる
そういう人たちの服装って何なのでしょう???

礼拝でネクタイを巻く牧師として考えさせられます


そして主イエスは
弟子たちみんなの足を洗ってくれました
それは優れた弟子だけではなくて
いやむしろ
イエスを裏切り
イエスを売って金をもらおうとたくらんでいたユダの
そのたくらみをすべて知りつつ
主イエスはユダの足も洗い
手ぬぐいで丁寧に拭いたはずです


この箇所は
ペトロとユダが出てきますが
さてさて
わたしたちは
いったいどちらでしょう???

伝統的にキリスト教会は
教会で生きるキリスト者はペトロのようである
と語ってきたと思います

だから
ペトロが主イエスを知らない!と言ったことまでは
自分のこととして追体験できたりします

でも
ユダに関しては
裏切り者として
今もなお教会で悪役とされているのではないでしょうか

教会は伝統的に
ユダのようになってはいけません!
と語りつつ
自分がユダであるということは考えることが少ないようです


でも
ぼくらはみんなユダだと思います

お金で主イエスを今も売っていると思います

キリスト者は手に心をあてて考えてみたいのですが

自分にお金が入ること
すなわち自分の職業は
礼拝や祈祷会
さらには日々の聖書通読や祈りより
優先されている!

これをまず否定できないと思います


さらには
自分の身に入ってくるお金が
地球の貧しい人たちから搾取されたものであることを
丁寧に覚えつつ
ゆえにその罪をさばかれつつ
お金の聖めを祈るということは

礼拝の献金のときの文句としては言うけれども
実際は意識されきれていないことも

まず否定できないと思います


わたしたちはみんなユダです

でも
こういうわたしたちの足を
主イエスは
わたしたちの奴隷として
わたしたちに実に搾取されている者として
洗うわけです

これを奇跡と呼ばずして何と言うのか!!


さらに主イエスは
ご自分が殺されいなくなる
ということを知ったときに
ご自分の姿を
洗足というかたちにおいてあらわされました

つまり
洗足という具体的行為がキリストであるということです

さらに
洗足をお互いにしなさい!
と主イエスは言われます

つまりキリストの体なる教会の
キリスト性とは
互いの洗足であり
互いに手ぬぐいを腰に巻いて
互いの足を洗う用意がすでにできている
という事柄なのではないでしょうか

なんて具体的!!!

しかも
足をあらわせないならば私(主イエス)とかかわりがないということだ!
とまで主イエスは言うのだから!!!


となると

教会は

地球のため
地域のため
他者のために

それも
地球、地域、他者のかかえる困窮にかかわるために
上着を脱ぎ
腰に手ぬぐいを巻いている!

という具体的な場と人ではないでしょうか?


ぜひとも共に腰に手ぬぐいをまく者となりましょうね


寺園先生が特別伝道礼拝のあとの研修会講演で言っておられましたが
交わりにおける具体的奉仕のない
理念だけのインテリキリスト者は
嘘である
というのは本当だと思います。

ゆえに
そこで行き詰った日本の教会たちは
そこから本気で解放されて
しっかりと地球、地域、他者という現場に立ちなおす必要が本当にあるし
そもそも
地球、地域、他者は
本当にそういうキリストの体を求めているし
その体性から
和解と平和が起こることを
聖書が繰り返ししつこく書いているように
わたしたちもしっかりと信じ
歩みたいと願うばかりです

自己保全的理念
護教的理念

を偶像崇拝としてしりぞけるということが

現代のキリスト者のもっとも大いなるたたかいなのだと思いました!!


少なくとも日本バプテスト京都教会は
その悔い改めの作業から
開かれ
和解と平和のための奉仕
つまり
互いの洗足
に生きる教会として歩み始めました

だから
皆々様を教会へ堂々とお誘いしたく願います

日曜日は
当教会へどうぞ足をお運びくださいませ


ではでは