きぼう屋

生きているから生きている

情報と向き合うために

2011年04月01日 | 「生きる」こと
人々が「大衆(愚衆)」であることを嘆いたのは大昔の話。
人々を「大衆」に洗脳できたのは昔の話。
人々が「大衆」だと思い込んで洗脳できたつもりでいても、
人々が嘘を見破っているのは今の話。
ただし、
人々が嘘とわかっていることを本当のことと思い込もうとしている(自己洗脳)も今の話。

事実が重たすぎて危険すぎるから嘘と思いたい.
事実を隠して安心させる表現は嘘だとわかってもどこかで信じてみたい.
実は政府やテレビの情報による洗脳からの解放と同時に、]
それ以上に、
超危機的事実を目の当たりにした僕らの心の揺れからくる
何かを信じたいという欲望からの解放が必要か?

http://twitter.com/#!/shinkiootani
より