Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

大西順子の引退

2012-12-13 09:09:21 | JAZZ
大西順子が引退したという新聞記事を、少し前に読んだ。秋の全国ツアーを重ねて本厚木にあるCABINでのライブ演奏が最後になったとのことである。2000年頃、一度引退して、再び演奏活動を始めて5年が経っている。記事からの推測では引退を決めたこの優れたジャズピアニストのメランコリーの深みは伝わってこない。なんとなくジャズを取り巻く環境のしけた風情に嫌気もさしていたらしい。こちらもこの5年の間に商売は畳んで一昔前みたいにジャズライブで見聞を高める機会が減ってしまった。
大西順子が再起して青山や横浜の小さなライブハウスに出ている、なんて噂は耳にしてもやっと手元に残った少額の教養娯楽費は、直輸入CDの優先購入に割り当ててしまって底をついていることがしばしばだった。そんなわけで再起後の彼女の演奏については未知だ。アメリカで研鑽して彼女が日本に戻ってきた頃、彼女はトロンボーンの向井滋春のバンドで当時、盛んだった野外ジャズフェスにも出演していた。いつだったか、90年頃のことだったと思うが、演奏帰りの向井バンドのメンバーと清里と小淵沢の間にある食堂で歓談したことがあった。その折に少し会話を交わした思い出がある。剛毅にハンマーを叩く風情の彼女の勇姿から想像したイメージに反して無口でシャイな女性だった。エリントンとかモンクのような巨匠風のスキルに磨きをかけていた彼女の音を聞いていて、小さなピアノセンスにいぶしたような光沢を放っている若死にしてしまったロレイン・ゲラーとか進駐軍に占拠されていたナチス崩壊後のベルリンでアルフレッド・ライオンに見出されたユタ・ヒップみたいな女流ピアノの素晴らしさを会話中で薦めた記憶がある。大西順子のデビュー作は1993年の「WOW」だ。この中に収まっている彼女のオリジナル曲「B-RUSH」のマイナーでそこはかとない心情の流れと勇躍する豪放なリズムのせめぎ合いは今聴いていてもなんら色褪せることがない素晴らしい演奏である。我が家に残っている大西順子のCDはちょうど4枚だ。
今でもしみじみと聴きこむ座右のトラックがいくつかある。フィル・ウッズ名義の「COOL WOODS」もその一つだ。老いてなお盛んなウッズのアルト演奏がタイトルに反して少し温度がホットすぎるが、競演する大西順子のピアノの水位がとてもいい。中でも5曲目の「エンブレイサブル・ユー」におけるピアノソロの低音域の深い美しさにはいつ聴いてもうっとりとさせられてしまう。今日は彼女が育ったという国立の街路に注ぐ公孫樹の枯葉風景写真でも眺めながら、ソニー・ロリンズが何度も引退や雲隠れを重ねたみたいにいつの日か彼女が、聴衆の前に現れて剛直なピアノを聴かせてくれるというジャズ的気まぐれ事態を夢想している。

ZUND BARのラーメン

2012-12-10 11:32:20 | 
九月まで住んでいた伊勢原の日向薬師付近へ柿とミカンを買いに出かける。薬師への出入り商人が経営する売店のミカンは海辺に近い大磯付近で採ったもので、酸味と甘みの塩梅が好きだ。浜松の三ケ日ミカンみたいな本格的なオレンジ味覚はないものの一昔前の在来雲州ミカンよりは味が洗練・改良されている。五年近い在住のあいだにすっかりその味に馴染んでしまった。ミカンを買う前に昼食を済ませようと、七沢在へ寄り道する。

七沢から日向薬師へはちょうど山越えの林道が通っていて、ついでに枯れかかる寸前の紅葉も楽しめるという段取りで田舎風の風物が大好きな同行する友人も、自分で持ってきた高級一眼レフカメラの出番を期待して喜んでいる。昼食は七沢在ではニューフェイスなアジア無国籍料理の「WAI WAI食堂」にすべきか、異色ラーメンで人気があるらしい「ZUND BAR」にするのか迷った結果友人が望む「ZUND BAR」を選らんだ。

前に一度来たことがある野中の一軒家めいたこのラーメン店は相変わらず繁盛しているようで、どこか新興宗教団体か福祉施設の勤務者風質感を漂わせる女子スタッフの接客態度も売り上げがよいせいだろうか?掛け声に張りがこもっている。厚手のステンレスボウルが丼という異形ラーメンを啜ってみる。スープはあまり食したことがない「家系」と称する豚骨ベースの毒々しいゲインが高いものとは異なっている。魚貝出汁などを重ねて丁寧に何度も漉している様子が伺える。スープは醤油味に敵対しないで、清く澄んで包み込んで控えめながらもコクがある。麺は腰がある細麺で、このラーメンを啜っていたら、吉祥寺の熊野神社に近い五日市街道沿いに20年位前にあった煮干出汁に徹底的に拘っていたラーメン店を思い出した。当時の店主のいでたちは、ありがちなバンダナにTシャツではなくビストロのコックさんのような白装束だった。この「ZUND BAR」ラーメンの珍奇なメインメニュー、トッピング、レイアウト、陳列調度品等を眺めていると、異種格闘技の世界と同じようにラーメン業界も生き残りをかけてポストモダン戦争というか、ジャンルを越境した小技仕掛け時代に突入していることを実感させられた。

食後はこのラーメン店の敷地を流れる七沢川の土手に自生している千両などの庭木とも違って、赤い実の塊具合がユニークな「さねかづら」の枝木を失敬してきて、家の中に野山の遊び気分を注いでみることにした

新旧の楽しみ

2012-12-06 10:53:47 | JAZZ

足指の憂鬱が遠のいたせいもあるが、仕事が休みになるとよく散歩してジャズ系のCDやLPや本を漁ってきては楽しんでいる。12月になって時雨模様の日とよく晴れた日が入れ替わりにやって来て、冬はしだいに深まっているようだ。今朝はカーテン越しに柔らかい陽が入ってきて室温は15℃とうっすらと暖かい午前を迎えている。この気温による気分がよいせいか、北の部屋に入ってフィッシャー社の真空管アンプを温めながら、きのう頂いたばかりの信州の上田にある信州珈琲工房が焙煎した「上高地ブレンド」を味わっている。愛好している札幌・宮越屋コーヒー店、神戸萩原コーヒー店などの名高い焙煎珈琲に優るとも劣らないコクも香りも文句のつけようがない味である。どこかで聞いたことがある沸し温度の85℃鉄則維持と蒸らしながらの丁寧注湯に注意していれば、良いコーヒーも煎茶も良い素性に基づく味をいつも齎してくれるものと確信している。コーヒーを飲みながら聴く最近の収穫CDは新旧の対極的ソースだ。

カレン・ソウザはデビュー間もないシンガーで「ホテル・ソウザ」というタイトルのこのCDは、ジャズ友、ドクター桜井氏の推薦によるもの。新宿のディスクユニオンではよく売れている2012年録音の新譜である。このCDを聴いた印象ではデッカのビンテージスピーカーよりも、同じ英国製のスピーカーだったら、B&WやKEFの現代版低能率スピーカーで、パワーのある片チャンネルで少なくとも100W以上のアンプが合いそうだ。この新人シンガーの魅力は甘くてくぐもったハスキーボイスだろう。ちょうどオランダのローラ・フィジーがデビューした頃の声を思いだした。ローラ・フィジーから妖艶を引いたような少しモノトーンな声質である。ドクター桜井氏の弁では「マイ・フーリッシュ・ハート」などのジャズ曲がお薦めだったが、ポップス志向な「ブレイク・マイ・ハート」「アイブ・ゴット・イッツ・バッド」等の曲には不機嫌な女子の中の愛らしさがちょっぴりと顔をだして愛しい気分にさせられる。ベースもピアノもバックバンドがとてもよく弾んでいるジャズ的に小気味のよい「ウエイク・アップ」「フル・ムーン」なども好きな曲で、このシンガーにはしばらく目を離せなくなりそうだ。

旧作の再発CD「メッセージ・フロム・ハンブロ」は1956年というジャズにとっては当り年に出たコロンビア盤のLPが初出らしい。子供の頃、よく馴染んでいてナット・キング・コールが歌った「ザ・ロンリー・ワン」が入っている。モダンジャズという先験主義の予断知識に毒されていた若年時期だったら、なかなか目に入ってこない色彩が薄いLPだ。恥ずかしながら、キングコールが歌っている哀愁に溢れたこの曲の作者が、レニー・ハンブロだとはこの年になるまで知らなかった。アルト・サックスというよりもサクソホーンという語感が吹奏感に滲む優美と知性とが上手く溶け込んだ名演だ。アート・ペッパーやディック・ヘイムズで愛好している「イマジネーション」これに期待したが、フルートに差し替えたハンブロはやはり魅力半減だ。その代わりに、これまたディックヘイムズが歌っている「ムーンライト・ビケイム・ユー」が、ハンブロのアルト、サイドメンのギター、ディック・ガルシアのソロも伴奏もおつりがくるくらいの名演奏である。コロンビアのモノラル時代のLPが侮れないことは、前から知っていたが、これなどもCDソースではなく、どこか品揃えの豊富な店でLPで買って、モノラルカートリッジの分厚い音で堪能すべきレコードだと改めて思った。