Rainy or Shiny 横濱ラジオ亭日乗

モダンジャズ、ボーカルを流しています。営業日水木金土祝の13時〜19時
横浜市中区麦田町1-5

雪景色

2013-01-14 12:56:53 | クラシック
冷え込みが緩い早朝だと思って寝室のカーテンを開けたら雨が降っている。これに大粒の霙が混じっていたが、しばらくすると案じていた雪に変わってしまった。初雪である。昨日は母親の臨時外出の希望に応えた。半日程度の座間滞在だが、過度の心配性による抑制なき繰言の多いことは相変わらずだが、認知症めいた言動は90歳を経た今もない。食欲は施設の効率的な合理主義メニューと相反したものを巧みに思案して希望するところがいかにも母らしい。食うや食わずの戦後時代に、晩ご飯のおかず代に窮していても、好きな市川歌右衛門や月形竜之介などが主演した時代劇の映画見物には出かけていたという狡知は今でも失われていないようだ。ありあわせの材料で作ったお好み焼き、残った肉じゃが煮、黒糖入りのパン、ネーブル、つぶ餡のよもぎ団子、量は控え目ながらも平均的になんでも嬉しそうに口にする。生きている証しなのだなと思う。好き嫌いをしないこともやはり長生きの秘訣なのだろうか。昨日襲ってきた母の毒気を拭おうと、今朝は北側の部屋を温めてから、静粛にLPを聴くことにした。

結露した硝子窓の外側にある広場はすでに雪が積もっている。西の方から吹き寄せている雪を眺めていたら、珍しくグレン・グールドのピアノが聞きたくなった。昔、鑑賞したCBS制作になるレーザーディスクビデオのパンフにハンチングを被った冬装束姿でスタインウエイのピアノ倉庫にピアノを物色訪問する彼の写真に魅せられたことがある。雪の午前にふさわしいLPを物色してみる。発売当時に、今は早稲田で建築学の教授をしている鈴木了二さんから薦められて買ったハイドンが晩年に作った「6つのピアノ・ソナタ」のほのぼのとして透明な旋律のイントロが脳裡をよぎった。グールドのLPはバッハからワグナーまで30数枚ほど所有している。しかしハイドンのピアノソナタはその一群では見当らない。引越し後の未開封荷物に入っているのか、30数枚にはダブルジャケットLPの該当品がない。しかたないから、70年代に収録したバッハの「ビオラ・ダ・ガンバとハープシコードの為の3ソナタ」を聴く。チェロのレナード・ローズとの競演だ。これは新譜で買ったLPだ。

当時は横浜郊外にあるマンションが生活の場だった。マイクロの砲金製ターンテーブルにシュアーのカートリッジ、JBLかTADの大型15インチ3ウエイスピーカーでよく再生したLPである。物量的には当時の方が上にもかかわらず、再生音は古風装置に輪をかけた現用システムのほうがより鮮烈な臨場感に溢れていることが、なんとも皮肉なことだと思う。ローズの正鵠な匠風セロ奏法に比して、グールドのピアノはなんとも異形で破風であることが競演ものでは際立ってしまうようだ。そこでセロニアス・モンクを聴くような姿勢になってグールドらしい、トリッキーなデーモンが迸っているソロ演奏にしばらく浸ることにする。

1955年の有名な処女作LP「ゴールドベルグ変奏曲」のすぐあとに収録したベートーベンのソナタ集だ。23歳のグールドがピアノに向かって惑溺している肖像のモノクロジャケットはダン・ウエイナーの傑作写真を使っている。グールドの全LP中で一番好きなデザインが、もう少しあとの「インターメッゾ」とこのベートーベンのモノラル盤である。幸いにも自分が持っている初出のモノラルLPはDJコピー用に配布された非売品のサインが入っている。このソナタ集をいつも聴く時の私的段取りだが、いちばん濃いデモンが迸っている作品32でグールド性に浸ってから、逆に平穏な作品31を聴くことにしている。イントロのモデラート・カンタービレなどは、以外や雪景色の背景にも合うものだと改めて思った。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿