居酒屋日記・オムニバス (18)
第二話 小悪魔と呼ばれたい ⑦

呑み屋で正論を言うとその瞬間から、重い空気が流れはじめる。
正論を言うと、いっぺんに興が覚めて、場がしらけるからだ。
果たして。2人の間の会話がプツリと途切れて、重い沈黙タイムの幕が開く。
(まいったなぁ)と幸作が深く後悔する。
だがすでに遅い。
いちど口にした言葉は、もう元には戻らない。
そのときだ。突然、智恵子のスマホが鳴りはじめた。
重い空気を救ってくれる、絶好のタイミングだ。
(助かった。天はまだ、俺を見捨てなかったようだ。どこの誰だか知らないが、
絶好のタイミングでのこの電話。こころの底から感謝するぜ・・・)
小さなガッツポーズを見せて、幸作が厨房へ下がっていく。
だが喜んでばかりいられない。電話の内容は、いたって深刻のようだ。
智恵子の横顔から、笑顔が消えていく。
それどころか、じわじわと緊張の色が浮かんできた。
智恵子の声が、話の内容とともに低くなっていく。
声が低くなるのは、よくないことの前触れだ。
「わかりました。タクシーが到着次第、そちらへ伺います。
はぁ・・・ではのちほど。詳しいことはまたその時に」
智恵子が、ため息交じりに通話を切る。
「幸作さん。タクシーを呼んでください。急用が出来ました」
大丈夫です。たいした出来事じゃありませんから、とあわてて付け加える。
だが、顔色は普通じゃない。
ふっともらした溜息の深さが、事の重大さを象徴している。
「緊急事態が発生したようですねぇ。俺でよければ相談にのります」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。
あのバカが調子に乗り過ぎて、失敗をしでかすのはいつものことだから。
そんなに心配しないで。
わたしが行けば身柄を引き渡してくれるそうです。それだけの話です」
「身柄を引き取る?。警察からかかってきた電話ですか?」
「いえ。電話をかけてきたのは、関東大前田一家のわか頭。
マグロ主婦といっしょに、うちの若い者が、大前田一家に拉致されました」
「大前田一家のわか頭が、あんたのところの若い者を拉致した?。
どうしてだ。極道が素人に手を出すのはよっぽどのことだ。
マグロ女もいっしょだって・・・。
そうか。マグロ女と言えば、主婦売春グループのリーダーとして
このあたりじゃ有名人だ。
若頭に狙われていたのは、リーダーのマグロ女だろう。
好き勝手に売春されたんじゃ、このあたりを仕切っている極道の立場が丸つぶれだ。
ずっと狙っていたんだろう、マグロ女が尻尾を出すのを」
「大前田一家のホントの狙いは、マグロ女だったのですか・・・。
でも、事態は厄介なようです。
女といっしょに組の事務所まで連れていかれたんじゃ、ただではすみません」
「その通りだ。気の毒だけどな。
あんたのとこの若い者は、マグロ女の巻き添えを食っただけだ。
だからといって、穏便にすまないだろう。
拉致した相手が、関東大前田一家じゃなおさらだ。
こいつはちょいとばかり、厄介な展開になってきたなぁ・・・」
大前田一家と言えば、このあたりを仕切っている生え抜きの極道一家だ。
総長の愛人は、太陽の子と書く、あの陽子。
拉致が事実なら、厄介なことになるぞと幸作が、思わず天を仰ぎ見る。
(19)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第二話 小悪魔と呼ばれたい ⑦

呑み屋で正論を言うとその瞬間から、重い空気が流れはじめる。
正論を言うと、いっぺんに興が覚めて、場がしらけるからだ。
果たして。2人の間の会話がプツリと途切れて、重い沈黙タイムの幕が開く。
(まいったなぁ)と幸作が深く後悔する。
だがすでに遅い。
いちど口にした言葉は、もう元には戻らない。
そのときだ。突然、智恵子のスマホが鳴りはじめた。
重い空気を救ってくれる、絶好のタイミングだ。
(助かった。天はまだ、俺を見捨てなかったようだ。どこの誰だか知らないが、
絶好のタイミングでのこの電話。こころの底から感謝するぜ・・・)
小さなガッツポーズを見せて、幸作が厨房へ下がっていく。
だが喜んでばかりいられない。電話の内容は、いたって深刻のようだ。
智恵子の横顔から、笑顔が消えていく。
それどころか、じわじわと緊張の色が浮かんできた。
智恵子の声が、話の内容とともに低くなっていく。
声が低くなるのは、よくないことの前触れだ。
「わかりました。タクシーが到着次第、そちらへ伺います。
はぁ・・・ではのちほど。詳しいことはまたその時に」
智恵子が、ため息交じりに通話を切る。
「幸作さん。タクシーを呼んでください。急用が出来ました」
大丈夫です。たいした出来事じゃありませんから、とあわてて付け加える。
だが、顔色は普通じゃない。
ふっともらした溜息の深さが、事の重大さを象徴している。
「緊急事態が発生したようですねぇ。俺でよければ相談にのります」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。
あのバカが調子に乗り過ぎて、失敗をしでかすのはいつものことだから。
そんなに心配しないで。
わたしが行けば身柄を引き渡してくれるそうです。それだけの話です」
「身柄を引き取る?。警察からかかってきた電話ですか?」
「いえ。電話をかけてきたのは、関東大前田一家のわか頭。
マグロ主婦といっしょに、うちの若い者が、大前田一家に拉致されました」
「大前田一家のわか頭が、あんたのところの若い者を拉致した?。
どうしてだ。極道が素人に手を出すのはよっぽどのことだ。
マグロ女もいっしょだって・・・。
そうか。マグロ女と言えば、主婦売春グループのリーダーとして
このあたりじゃ有名人だ。
若頭に狙われていたのは、リーダーのマグロ女だろう。
好き勝手に売春されたんじゃ、このあたりを仕切っている極道の立場が丸つぶれだ。
ずっと狙っていたんだろう、マグロ女が尻尾を出すのを」
「大前田一家のホントの狙いは、マグロ女だったのですか・・・。
でも、事態は厄介なようです。
女といっしょに組の事務所まで連れていかれたんじゃ、ただではすみません」
「その通りだ。気の毒だけどな。
あんたのとこの若い者は、マグロ女の巻き添えを食っただけだ。
だからといって、穏便にすまないだろう。
拉致した相手が、関東大前田一家じゃなおさらだ。
こいつはちょいとばかり、厄介な展開になってきたなぁ・・・」
大前田一家と言えば、このあたりを仕切っている生え抜きの極道一家だ。
総長の愛人は、太陽の子と書く、あの陽子。
拉致が事実なら、厄介なことになるぞと幸作が、思わず天を仰ぎ見る。
(19)へつづく
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