goo blog サービス終了のお知らせ 

落合順平 作品集

現代小説の部屋。

居酒屋日記・オムニバス (18)     第二話 小悪魔と呼ばれたい ⑦

2016-02-26 11:29:56 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (18)
    第二話 小悪魔と呼ばれたい ⑦




 呑み屋で正論を言うとその瞬間から、重い空気が流れはじめる。
正論を言うと、いっぺんに興が覚めて、場がしらけるからだ。
果たして。2人の間の会話がプツリと途切れて、重い沈黙タイムの幕が開く。
(まいったなぁ)と幸作が深く後悔する。
だがすでに遅い。
いちど口にした言葉は、もう元には戻らない。



 そのときだ。突然、智恵子のスマホが鳴りはじめた。
重い空気を救ってくれる、絶好のタイミングだ。
(助かった。天はまだ、俺を見捨てなかったようだ。どこの誰だか知らないが、
絶好のタイミングでのこの電話。こころの底から感謝するぜ・・・)



 小さなガッツポーズを見せて、幸作が厨房へ下がっていく。
だが喜んでばかりいられない。電話の内容は、いたって深刻のようだ。
智恵子の横顔から、笑顔が消えていく。
それどころか、じわじわと緊張の色が浮かんできた。
智恵子の声が、話の内容とともに低くなっていく。
声が低くなるのは、よくないことの前触れだ。



 「わかりました。タクシーが到着次第、そちらへ伺います。
 はぁ・・・ではのちほど。詳しいことはまたその時に」



 智恵子が、ため息交じりに通話を切る。
「幸作さん。タクシーを呼んでください。急用が出来ました」
大丈夫です。たいした出来事じゃありませんから、とあわてて付け加える。
だが、顔色は普通じゃない。
ふっともらした溜息の深さが、事の重大さを象徴している。



 「緊急事態が発生したようですねぇ。俺でよければ相談にのります」



 「だいじょうぶ、だいじょうぶ。
 あのバカが調子に乗り過ぎて、失敗をしでかすのはいつものことだから。
 そんなに心配しないで。
 わたしが行けば身柄を引き渡してくれるそうです。それだけの話です」



 「身柄を引き取る?。警察からかかってきた電話ですか?」



 「いえ。電話をかけてきたのは、関東大前田一家のわか頭。
 マグロ主婦といっしょに、うちの若い者が、大前田一家に拉致されました」


 
 「大前田一家のわか頭が、あんたのところの若い者を拉致した?。
 どうしてだ。極道が素人に手を出すのはよっぽどのことだ。
 マグロ女もいっしょだって・・・。
 そうか。マグロ女と言えば、主婦売春グループのリーダーとして
 このあたりじゃ有名人だ。
 若頭に狙われていたのは、リーダーのマグロ女だろう。
 好き勝手に売春されたんじゃ、このあたりを仕切っている極道の立場が丸つぶれだ。
 ずっと狙っていたんだろう、マグロ女が尻尾を出すのを」



 「大前田一家のホントの狙いは、マグロ女だったのですか・・・。
 でも、事態は厄介なようです。
 女といっしょに組の事務所まで連れていかれたんじゃ、ただではすみません」




 「その通りだ。気の毒だけどな。
 あんたのとこの若い者は、マグロ女の巻き添えを食っただけだ。
 だからといって、穏便にすまないだろう。
 拉致した相手が、関東大前田一家じゃなおさらだ。
 こいつはちょいとばかり、厄介な展開になってきたなぁ・・・」



 大前田一家と言えば、このあたりを仕切っている生え抜きの極道一家だ。
総長の愛人は、太陽の子と書く、あの陽子。
拉致が事実なら、厄介なことになるぞと幸作が、思わず天を仰ぎ見る。


 (19)へつづく

 
新田さらだ館は、こちら