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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

居酒屋日記・オムニバス (5)     第一話 陽子というおんな ⑤ 

2016-02-11 12:14:34 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (5)
    第一話 陽子というおんな ⑤ 




 「あ・・・あの、その、ねっ、姐さん。
 肩なんか組んで仲良く帰ってきたもんで、てっきり間男だろうと勘違いしゃした・・・」



 「阿保か、お前たちは。
 酔っぱらって肩を組んだら、それだけで間男か。
 この人は歩くのがおぼつかないあたしを助けて、ここまで送ってくれたんだ。
 お茶の一杯くらい、出してあげるのが仁義だろう。
 あんたまでなんだい。
 若い者のガセ情報を信じ込んで、深夜にやって来るなんて女々し過ぎます。
 真夜中にサングラスなんかかけているから、事実が見えなくなるのよ。
 そんなことじゃ、もう、2度とさせてあげないからね!」




 (させてあげない?・・・もしかしたらそれって、男と女のエッチの事か!・・・)
幸作の目が、ふたたび真ん丸になる。
陽子の剣幕に気後れを覚えたジジィが、あわててサングラスに手をかける。
サングラスの下から、人の良さそうな老人の目が出てきた。



 「そんなに本気で怒るなよ、陽子ちゃん。
 若い衆に悪気はねぇ。
 仲良さそうに2人で入っていったから、怪しいと俺に電話してきただけだ。
 いやいや。俺もおめえの事は、ちゃんとすべて信用している。
 これっぽっちもおめえのことは、疑っちゃいねぇ」



 「このトウヘンボク。
 あたしを信用していないから、いつまでも子分を見張りに立たせているんでしょ。
 いいかげんで子分を撤収させないと、あんたも出入り禁止にしちまうよ。
 いいのかい。金輪際2度と、愛人の部屋へ入れなくなってしまっても!」



 
 「悪かった、客人。俺の全面的な勘違いだった。申し訳ねぇ、許してくれ」



 勘弁してくれと、老人が頭を下げる。
(いえいえ、とんでもありません・・・)幸作も、老人に向かって丁寧に頭を下げる。
苦笑を浮かべた陽子が、老人のお茶を入れるためキッチンへ立っていく。



 「客人にわびを入れなきゃならねぇな。タダと言う訳にゃいかねぇ。
 おいお前。車ヘ行って例のアレを持ってこい」


 
 「へい会長。例のアレってのは、・・・例のアレのことですか?」



 「俺がアレっていえば、アレのことに決まってるだろう!。
 機転が利かねぇなぁ、お前も。
 俺に恥をかかせるんじゃねぇ。いいからさっさと持ってこい!」



 へぇと答えたボデイガードのひとりが、猛ダッシュで部屋から駆け出していく。
バタンと飛び出した後。エレベータが待ちきれないのかドタドタと階段を
駆け下りていく気配が伝わって来る。



 目の前に座った着流しの老人が、急に小さく見えてきた。
陽子とは、20歳ちかく離れているだろう。
そんな気がするほど目の前に座っている老人が、歳老いているように見えてきた。
組のトップという事は、このあたりを仕切っている関東大前田一家の親分だろうか。
だがサングラスを外した老人のまなざしは、意外なほどやわらかい。
(見た目ほど、悪い人間ではなさそうだな・・・)幸作が、ほっと肩の力を抜く。



 「持ってきやしたぁ~」息を切らして、ボデイガードが戻ってきた。
また階段を全力で駆け上がって来たのだろう。激しく肩が上下に揺れている。
「これでよござんすか」白い包みを老人に差し出す。



 「馬っ鹿野郎。かたぎのモンに、御法度のシャブをプレゼントしてどうすんだ!。
 少しはこの場の展開を考えろ、この役立たず。
 客人にプレゼントするものといえば、世間で合法のアレのことだろう。
 アレと言えば、ナニを元気にするバイアグラだ。
 指示しなくてもそのくらいのことは、この場の空気で理解しろ!」




 (6)へつづく
 
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