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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

居酒屋日記・オムニバス (13)     第二話 小悪魔と呼ばれたい ②

2016-02-19 11:57:58 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (13)
    第二話 小悪魔と呼ばれたい ②


 
 本当に、女鉄筋工がやって来た。
午後7時。銭湯帰りの女鉄筋工が、幸作の店に姿を見せた。
湯上りの良いにおいが漂う。濡れた髪がセクシーだ。
ほんのりと赤いスッピンが愛らしい。
どこからどう見ても、昼間見た女鉄筋工には見えない。



 湯上りのどこにでも普通にいそうな、ただの30女だ。
強いてあげればもうひとつ、すっぴんでもなかなかの美人に見える。



 「昼間は失礼しました」幸作がペコリと、頭を下げる。
「どういたしまして。荒くれ男たちの中に、あたしみたいなのが居る方が変だもの」
気にしないで。もう慣れっ子ですから、と女が笑う。



 くちもとへ浮かべた笑みもなかなか、可愛い。
だが酒は強い。焼酎のボトルを早いペースで半分以上も空けたのに、酔った気配は
まったく見えてこない。
「鉄筋工になったきっかけ?。うふふ。ただ、たまたまが重なっただけ」
と、ふたたび可愛い笑みを浮かべて、女がつぶやく。



 「お金が稼げること。昼の仕事であること。内勤じゃないこと。
 これを条件に、23歳の時、ハローワークへ行った。
 そしたら『女性大歓迎』という文字が、とつぜんわたしの目に飛び込んできた。
 それが運命の出会い、鉄筋工の仕事だった」


 「へぇぇ・・・
 たったそれだけで、鉄筋工の世界に飛び込んだのか!。凄いねぇ君は・・・
 大胆不敵と言うか、世間知らずと言うか、驚きべき決断だな・・・」


 
 「きっと表で働く職人仕事のひとつだろう・・・くらいにしか考えなかった。
 その足で面接に行き、速攻で就職を決めた。
 最初の支度は、ぜんぶ、おかみさんが面倒見てくれた。
 鉄筋を結束するハッカーという道具。腰にさげる道具の一式。頭を守るヘルメット。
 Tシャツとベスト、メジャーやチョークなどの細かなものは、
 おかみさんから教えてもらった、作業着屋で購入した。
 ベストだけはその気になって、寅壱を買った」



 「寅壱といえば、職人さんが好むブランドだろう。
 なんだよ。ちゃんと知っているんじゃないか、職人さんの世界のことを」



 「父親は、上から下まで寅壱で決めた、とび職人だった。
 ズボンはニッカの八分丈が欲しかったけど、さすがに女性用は売っていない。
 仕方がないからポケットの多いアーミーズボンを、西友で買ってきた。
 でも鉄筋に引っ掛けて、アッという間にボロボロになっちゃった。
 おしまいに、タオルでねじり鉢巻。
 これでにわか仕立ての鉄筋屋さんが、出来上がる」



 10時を過ぎた頃。客がみんな帰っていった。
店の中に、女鉄筋工だけが残される。
2本目のボトルを開けたとき。女鉄筋工の目の下が、ようやく赤くなって来た。
それにしても、酒に強い女だ。



 「それが8年前の夏の初めだった。
 夏を乗り切れば、鉄筋屋としてやってけるぞと、みんなが言ってくれた。
 2、3日、仕事を覚えるために、鉄筋の加工場で働いた。
 鉄筋の種類と加工した形を覚えて、それからすぐ現場に出た。
 べた基礎から始めた。柱、壁、梁、と少しずつ少しずつできる範囲を広げていった。
 やり取りのコツも、かぶりの程度も全部、目で見て覚えた。
 誰も教科書なんか持っていない。
 この人の仕事がキレイだな、と思ったら張り付いて目で覚えるだけ。
 そうやって、鉄筋工の仕事を覚えた」



 「女だてらに、男でもつらいと思う鉄筋工の仕事だぜ。
 辛いとか、辞めようとか、そんな風に思ったことは一度もないのかい?」



(14)へつづく
 

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