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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

居酒屋日記・オムニバス (3)     第一話 陽子というおんな ➂

2016-02-09 10:39:59 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (3)
    第一話 陽子というおんな ➂





 「完璧です。さすが、居酒屋の店主をしているだけのことはある」


 「そういうあなたも、ただ者ではありません」



 「うふふ・・・あのね、呑むとしつこくなるのよ、わたしは」



 「普通は酔っぱらうとしつこくなる、という言い方をします。
 でも、呑むだけでしつこくなるのですか、姐さんは?」



 「姐さんという言い方はやめて。わたしの名前は、陽子。
 太陽の子供と書いて、ようこと読む。
 むかしはねぇ、汚れを知らない純真無垢だったのよ、あたしだって・・・」



 長い話がはじまりそうな雰囲気になってきた。
「もう1本、熱燗つけます」幸作がカタリと立って、厨房へ歩いて行く。


 時計が11時を回ってきた。
カウンターの上に、空になった銚子が5本、コロリと転がっている。
幸作の家は歩いて帰れる距離にある。
だが酔い潰れている陽子の家は、何処にあるのかわからない。
「姐さん、姐さん」幸作が陽子の肩に手をかける。



 「だから陽子と呼べといったでしょ。太陽の子と書いて、ようこと読むのよ私は!」



 (帰ります、ぜんぜん平気ですから。大丈夫です・・・)ふらりと陽子が立ち上がる。
しかし。足元がまったくおぼつかない。
3歩ほど歩いたところで足がもつれる。グラリとそのまま陽子がバランスを崩す。
落ちていく陽子を、幸作があわてて背後から抱きとめる。
まわした幸作の腕に、陽子の胸がやわらかくしっかりと触れる。



 「こら、確信犯!。あっ、酔っぱらって、よろけたわたしのほうが悪いのか・・・
 悪いね。介抱ついでに送ってよ。わたしのマンションはすぐそこだから」



 いつも1本しか呑まない陽子が、今夜は2人で5本も呑んだ。
すぐそこにあるマンションというのはつい最近、建ったばかりの高級マンションだ。
賃貸の相場は5万前後だ。だが新築のマンションは倍の、10万以上もするという。



 新しく建ったマンションは、田舎には不似合の白亜の壁だ。
北風が強く吹き、土ぼこりが舞い上がるこのあたりに、白い壁の建物は珍しい。
短い間にホコリにまみれ、白い壁の北側がすぐ灰色にくすんでしまうからだ。
陽子の部屋は、最上階の5階にある。
5階までしかないのは、この一帯が風致地区に指定されているからだ。
すべての建築物に、15mを越えてはいけないという厳しい制約がついている。



 エレベータを降りると、広い廊下があらわれる。
だが空間に、人の気配はまったくない。
満室と聞いていたが、静かな廊下だけが目の前にひろがっている。
生活感がまったく漂っていない。
突き当りの右側に、陽子の部屋がある。
かるく指先がふれただけで、カチャリと音がしてドアのかぎが外れる。
高セキュリティほこる、最新式の指紋認証システムだ。



 「遠慮しないで。入って」



 酔いが醒めたのか、スタスタと歩いて陽子が奥のキッチンへ向かう。
ワンルームの部屋だ。ざっと見て20畳あまりの空間がひろがる。
応接セットと40インチのハイビジョンテレビが置いてある。
キッチンの奥にバスルームとトイレと思われる、洒落た入り口が見える。
壁際にびっくりするほど大きな、キングサイズのベッドが置いてある。
(超キングサイズのダブルベッドだって・・・どうなってんだ、この部屋は?)
大丈夫か今夜の俺は。まさか間違って魔界へ足を踏み込んだわけじゃ、
ないだろうな・・・


 (4)へつづく

 
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